成沢光氏 (なりさわ みつうじ) | げむおた街道をゆく

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氏家 光氏(うじいえ あきうじ、生没年不詳)は、安土桃山時代から江戸時代初期にかけての武将。最上氏の家臣。尾張守を称す。初名は成沢 光氏(なるさわ あきうじ)。
氏家守棟の従兄弟(成沢道忠)の子で、1591年に守棟が死去し、守棟の嫡子が死去していた為に家督を継いだ。最上義光の娘・竹姫を妻として迎えており、最上氏では宿老の地位と1万8千石を食む厚遇にあった。
勇猛な人物で、八沼城攻略戦では彼ひとりの働きで戦局が覆ったといい、また1600年の関ヶ原の戦いのときには上杉軍と長谷堂城で激突し、これを見事に撃退している。主君義光の死後も、国内の政務を担当しながら家中の混乱を制御しようと努力した。改易後は毛利家に預けられ仕官、子孫が幕末まで確認できる。


以上、Wikiより。



成沢光氏