吉田の写真日記_鉄道旅行/小世界放浪

吉田の写真日記_鉄道旅行/小世界放浪

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   鉄道写真を撮り始めてかれこれ40年。時間の許す限り、体力の続く限りは鉄道
情景を求めて全国をさまよい歩いています。
 今まで撮り集め、収集付かなくなっている膨大な量の写真を少しづつ整理して、

この場をお借りして情報共有できたら嬉しいです。

2011年8月29日

仙台で一夜過ごし翌朝、駅へ向かう。

 

人通りも多く賑やかな仙台

 

仙石線地下ホームへの入り口

 

仙石線は205系3100番台の時代

 

仙石線での205系運用開始は2002年から。

E131系投入の2026年3月まで走り続けた。

 

クロスシート転換可能な2WAYシート車

に乗る。

 

震災による津波の被害で高城町から先は

不通。代行バスは松島海岸-矢本で運行。

 

駅票の次の駅(手樽)は白紙で覆われ、

当駅行止まりとなっている。

 

駅舎内掲示の時刻表。

 

JTB時刻表抜粋

手樽-石巻間がグレー塗されている。

 

津波で東名と野蒜の2駅が最も壊滅的な

打撃を受ける。駅そのものと線路が流失。

 

この先線路伝いを歩く。

 

手樽駅

 

手樽は海岸線からも離れ、若干の高台に

あるため駅の損失はないが、普通が続き

すっかり草に覆われている。

 

陸前富山駅

 

陸前富山は海沿いの駅だが、地形に守られ

周辺民家含め津波の影響は少なかったが、

地震で線路は歪み、ホームも崩れていた。

 

陸前富山~陸前大塚間

津波の影響で路床が崩れ、フェンスが

散らばる。

 

陸前大塚付近。

津波の被害はないが、地震の揺れで

ポールが傾く。

 

仙石線で海に最も近い駅、陸前大塚は

不思議にも無傷だった。

積まれているのはホタテの貝殻。

 

 

陸前大塚駅停車中の72系アコモ改造車。

撮影は1979年8月。この時は片面ホーム

1線だったが、1988年に1面2線の交換

可能駅となる。

 

陸前大塚から先、海に沿ってすすむ。

津波の被害はなく路床、線路、架線も

そのままだが、数か月間不通で線路は

錆びついている。

同じ場所、旧型国電の頃。72系が走る。

 

東名、野蒜が津波で壊滅的な打撃を受けた

一方、海に近い陸前大塚がそのまま残って

いて、地形に守られたとはいえ不思議に

思わざるを得ない。

復旧に当たり両駅は内陸部に移設され、

線路ルートも変わった。

ちょうど上の写真カーブを、新設線路は

直線で海沿いから離れ内陸部を高架で

進むルートに変更される。

開通は2015年6月。

 

若干の上り傾斜の先の海に面した丘を境に、

線路は大塚地区を離れ東名地区に入る。

 

 

 

丘から陸前大塚方向を望む。

ルート変更され、今は無き旧線。

 

同じ場所1979年。

 

津波は南東方向から押し寄せた。

野蒜の平地を直撃し、東名まで流れ込む。

一方の松島、大塚は松島沖の島々(赤線内)

に守られて津波の被害を左程受けなかった。

 

東名駅を下り方向から見る。

津波の影響で、架線が垂れ下がり、駅票は

流失している。

 

既に線路は撤去され、柵や駅票も流失して

ホームのみの姿となった東名駅。

 

震災直後の写真

(旧東名駅跡モニュメントの掲示写真)

 

 

東名運河とその向こうの更地。

 

恐らく運河の写真左側(野蒜水門方向)から

運河を駆け抜ける様に津波が押し寄せたと

推定される。更地の水は未だ引いてなかった。

 

津波の直撃ではなく、押し寄せた瓦礫により、

一階部分が被災している建物が多い。

 

代行バス→電車に乗り継ぎ仙台へ向かい

旅を続ける。

震災の影響は逆に人が多くなったことに

現れる、東北の中心都市仙台

 

仙台から新青森まで「はやて175号」に乗る

 

E2系ポケモン車が新青森到着

 

E5系はこの年(2011年)3月デビューして

ばかり。「はやぶさ」3往復(1往復は仙台便)

に充てられていた。

デビューが3月5日なので6日後に震災に

見舞われたことになる。東北新幹線全線

復旧まで運用を見合す。

現在(2026年)盛岡以北は全てE5系で

E2系を見ることは臨時運用でも稀である。

 

新青森から青森に行き今夜は青森泊

 

≪続≫

震災から5か月後、仙台で途中下車。

かつての面影を思い浮かべながら

不通の線路を歩く。

 

2011年8月28日

 

小田急LSEで新宿に到着

7000系 さがみ76号

 

東京から東北新幹線に乗る

 

E2系とE4系(MAX)

 

 

MAXやまびこ245号を福島で下車

 

719系2両編成の「仙台シティラビット」

 

福島-仙台間の快速の定期運転は

2000年12月から「仙台シティラビット」

として開始。愛称は2012年3月に外され、

2021年に快速運転を終了。

 

時刻表の該当部。

震災の影響で節電ダイヤの時刻表。

 

E721系0番台

 

701系(左)

 

719系0番台の運用は2020年3月に終了。

700番台「フルーティア」の運用が2023年

に終了したのは記憶に新しいところ。

 

 

越河で下車。折しもトヨタ専用貨物

(TOYOTA LONGPASS EXPRESS)が通過。

 

続いて下り貨物が通過。

 

貨物銀座の様相。

ここから貝田寄りに少し歩く。

昔は好撮影地だった記憶。

 

 

季節の違いはあれど、耕作放棄地となり

茂るにまかせた場所となる。

 

 

 

各下の写真は1980年3月撮影。

ED75、ED71が活躍していた時代。

貝田-越河間の県境で国見峠を越える。

貨物は重連だった。

 

各停で仙台へ向かう

 

仙台駅コンコース

震災により常磐線は亘理以南が不通

 

時刻表抜粋。

不通区間がグレー表示

 

停車中E2系が見える仙台駅舎。

がんばろうの文字が掲示されている。

 

震災後、仙台の街なかは人が多く、

活況を呈していた。

 

 

 

震災時、仙台街なかは震度6強。

震災後復興に関わる多くの人がこの街に

集まり、よく言う復興需要、震災景気

なるものを形成。

 

 

 

 

 

 

国分町で一夜明かし、明日は

仙石線沿いを巡る。

 

≪続≫

2013年8月3日

 

昼間の活動を終えて繁華街に繰り出したら、

たまたま祭り賑いのただ中だった。

そんな感じです。今後数年触れることになる

すすきの祭り、との出会いでした。

 


夜も更けて、賑わい始めた繁華街。

 

 

 

 

ラフィア前、特設ステージでの盛り上がり

 

 

 

 

 

 

 

 

 

すすきの の夜は未だ続く。

 

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2013年8月3日

 

電車に乗って、札幌から登別へ

 

 

 

 

 

 

苫小牧にて  ニセコエクスプレス

キハ183系5000番台の「北斗」

 

「北斗」でエンジントラブルによる発煙、

出火事故が相次いで発生したため、事故車

と同じエンジンの車両が使用中止。運休を

伴う深刻な車両不足に陥っていた時期。

ジョイフルトレインの車両が「北斗」に

充てられたが3両編成で如何にも

収容力不足。

 

 

苫小牧運転所のキハ40系

 

室蘭本線苫小牧-岩見沢と日高本線で運用に

就いていた。撤退は2026年3月。

写真左の350番台は一足早く

2021年3月に引退している。

 

 

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2013年8月4日

短い夏休み 帰途に就く日

 

新千歳空港

 

羽田空港

 

尾翼の赤塗装が特徴の、旧塗装

(太陽のアーク)機体も、

鶴丸に混じってわずかに残っていた。

 

 

旅の始点終点は海老名。

一か所出口の相鉄線ホーム。

現在大規模改装中。

 

≪終≫

土日を絡め、短い夏休みを使っての

札幌入り。

 

2013年8月2日

 

当時最寄りの海老名から、空港バスを利用

 

ガッキーのCM艶やかなりし頃

 

羽田→新千歳

 

JR駅直結の新千歳空港

 

札幌停車中のキハ143形

 

2012年10月に札沼線から完全撤退した

キハ141系列だが、キハ143形は

室蘭本線の運用に就く。(2023年迄)

うち一往復が札幌に乗り入れていた。

 

駅北口へ

 

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2013年8月3 日

 

 

早朝の札幌駅ホーム

711系とキハ143形

 

札幌口での711系運用は2014年8月改正で、

1往復のみになり、2015年3月に完全撤退。

 

札幌運転所へ向かう回送「はまなす」

札幌-桑園間 札沼線直通各駅列車から

 

 

「はまなす」の運行は2016年3月まで。

このDD51 37は42と共にタイへ

譲渡され、稼働姿がニュースされた。

 

国際報道 2023/1/11

 

あいの里公園で下車

 

北海道医療までの電化(2012年6月)と

同じく10月の石狩当別までの完全電車化の

札沼線を訪れたかった。

 

石狩当別停車中の新十津川行キハ40系

 

北海道医療大学~新十津川廃止まであと7年。

 

函館本線に戻り厚別にて

733系+721系

 

789系1000番台「スーパーカムイ」

 

キハ183系の「旭山動物園」号

 

711系6両編成

後方編成は復刻塗装のS114編成

 

駅南のビューポイントへ

厚別~白石

 

「フラノラベンダーEXP」キハ183形

 

2020年にキハ261系5000番台に引継ぐ。

車両自体は2023年まで活躍。

 

785系の「スーパーカムイ」

 

785系の「スーパーカムイ」から撤退は

2017年。訪問時は130km/h運行だったが

この年120km/h運転にダウンする。

 

下り711系6両編成

 

こちらの復刻塗装はS110編成。

S117とは編成番号表示位置が違う。

 

江別で乗換え

 

網走までの特急「オホーツク」

キハ183系

 

岩見沢を経て滝川まで行く

 

岩見沢以北は赤電711系の独壇場

 

珍しい落合行のキハ40

 

根室本線は2016年の台風10号で全線で

大きな被害を受けたが、東鹿越-新得間は

復旧することなく2024年4月に廃止。

東鹿越-新得間には幾寅と落合2つの駅が

あった。

 

711系、キハ40系が待機する滝川構内

 

 

峰延に戻りホームで過ごす

 

2ドア車で揃えられ綺麗なS109編成。

 

陽炎の向こうから

キハ183系「オホーツク」

 

ヘッド、テールともスラントノーズの

キハ183系が充てられていた時代。

初期型は2018年に運用から撤退。

 

電化区間だがキハ40系も各停の運用を

一部担う

 

DF200-103貨物

 


赤電で岩見沢へ、735系で札幌に戻る

 

 

≪続≫

2014年8月12日

 

この日は「トワイライトエクスプレス」が来る曜日。

R37陸橋へ

 

続いて毎日運転の「北斗星」が入線。

かつては3往復設定もあったが、

残った1本の運用も2015年に終了。

 

「北斗星」複数運行時代(1988年~2008年)

より度々訪れた室蘭本線非電化区間。

過去訪れた場所を振り返える探訪。

東室蘭から非電化区間に。

 

製鉄所構内入り貨物牽引機はDF200-3

 

長和で下車

 

DF200-114 下り貨物

 

DF200-113 上り貨物

 

上り キハ281系「スーパー北斗」

 

下り キハ183系「北斗」

 

「北斗」からキハ183系撤退は2018年3月。

 

DF200-57 下り貨物

 

長和は中央が側線扱いの広い構内を持つ。

有珠-長和の区間は複線で長和の

この構内を出たところから単線となる。

 

DF200-101 上り貨物

 

キハ281系 上り「スーパー北斗」

 

線路際で速さを実感する特急列車群だったが、

2011年の「スーパーおおぞら」火災事故など、

道内気動車特急のトラブルが相次いだ頃で、

自慢の高速運転に陰りが見られた頃でもある。

 

長和を後に次の場所に向かう

 

キハ40 テールより

 

独特の風貌も過去帳入り

 

再び黄金で下車

 

昨日の土砂降りが嘘のよう

 

キハ283系 上り「スーパー北斗」

 

夏の黄金カーブ

 

噴火湾を西下、一路大阪へ向かう

「トワイライトエクスプレス」

 

 

伝統の特急「北斗」の走る路

 

キハ40で帰途に就く

 

南千歳経由で空港へ

 

無装飾柱時代の羽田空港第1第2ターミナル駅

 

旅の終わりです。

≪終≫