退職後2年目秋の話が続きます。

 

 この年の春に私の母親が乳がんになっていることが判明した。幸い1cmの初期で手術で取り除くことに決まっていた。この時は京都府立医科大学に技術の優れた先生がいて、事前の検査を進めながら10月に入院して手術を行うことに決まっていた。

 

 幸い母親はがん保険に加入しており、診断給付金と入院・手術給付金が保険で支払われるので費用の心配はなかった。健康保険の高額療養費も適用になるので個室などを使わなければ自己負担額もそんなに高額ではない。

 

 乳がんの治療も様々な方法があるが、初期の場合は手術で病変部を摘出して、一番先にがん細胞が転移すると言われているセンチネルリンパ節生検を手術時にして転移が確認されなければそれで終わり、転移がある場合はリンパ節郭清を行うことになる。初期の場合は乳房温存になることが多いらしい。入院期間は約2週間で予後は個人差もあるがホルモン療法や抗がん剤、放射線療法などを行うことになるが5年生存率はかなり高くなっているようだった。

 

 入院すると術前検査をしながら医療チームによるインフォームドコンセントが行われる。概ね上記の通りの内容だが、私も立ち会って本人と私の同意のサインをする。入院患者さんの中にはもうかなり進行していて手術もできない状態の患者さんもいるので母もかなり不安になっていたようだ。

 

 私は久しぶりに1人で家事全般もやらなければいけなくなったが、これは独身時代に長くやっていたことがあるのでそんなに苦痛にはならない。手術は入院1週間後の10月中旬に決まった。

 

 手術の日がやってきた。準備が終わると手術室に向かう。手術室にはストレッチャーで運び込まれるという印象が強いが、この時は点滴をつけたまま歩いて手術室に向かう。看護師さんに、

 

「いよいよまな板の上の鯉になりますね」

 

と言われると、母は、

 

「いいえ。私は鯛ですよ」

 

と不安はあったと思うがこのように切り返して手術室に行くことになった。私は手術室前まで見送りに行った。こうなると後は医療チームに全てを委ねるしかない。手術時間はセンチネルリンパ節生検の結果により転移がなければ約3時間程度、転移がある場合はさららに長くなる。

 

 私は病室のあるフロアのホールで気が気ではないが本を読んで気を紛らわせながら待ち続けるしかなかった。手術が終わったら看護師さんが呼びに来てくれることになっていた。窓からちょうど大文字山を眺めることができる。

 

 気が付いたら夕方になっていた。すでに手術室に入ってから3時間以上経っている。これ以上長引くなら転移があった可能性もあるなと思いながら待ち続けていた。そのときに看護師さんが私を呼んだ。手術室に来て欲しいとのことだった。私は手術室入口に行くと小さな待合室があるのでそこで待っていると手術着を着た執刀医の先生が入ってきた。執刀医の先生は余裕の表情で、

 

「てつさん様ですね。お母さんの手術は終わりました。無事病変部とその周辺1cmほどを切除しました。センチネルリンパ節生検では転移が確認されませんでした。このあとこの病変部を病理部でしゃぶしゃぶみたいに切って調べます。予後は経過の観察をしながら方針を決めたいと思います。この後事後処置をして病室に戻しますのでしばらくお待ちください」

 

「分かりました。どうも有難うございました」

 

と言って手術室を出た。しかししゃぶしゃぶみたいにってもう少しマシな言い方もあるだろうと思いながらホールに戻って待っていると看護師さんが呼びに来た。どうやら病室に戻ってきたようだ。

 

 病室ではまだ麻酔から醒めきれていない母がしきりにリンパ節への転移がなかったかどうか聞いてきたので、私は、

 

「執刀医の先生から転移はなかったと聞いたから間違いないよ」

 

と言うと安心していたようだ。私はこの日は午後9時くらいまで付き添ったが後は看護師さんに任せることにして明日また来るからと言って帰った。

 

 私が次の日病院に行くともう歩かされていた。回復も予想以上に早いようで、このペースで行けば術後の検査が終わればほぼ予定通り退院できることになった。6人部屋だったので手術をこれから受ける人や手術の終わった人が同じ部屋にいて話をしていた。

 

 母の友人から自宅に電話がかかってくるので、病院への交通手段を説明するなどの対応も私の役割だった。何人かが病院に見舞いに来てくれたようだった。経過は良好で無事退院することになった。この後は定期的に通院して主に検査と投薬の治療をしながら再発していないかを確認することになった。

 

 がんと言う病気はいつ誰に発生してもおかしくない病気であることを実感しました。やはり早期発見早期治療が重要になるのでおかしいなと思ったときは検査をすることが大切のようです。定期的な健診はできるだけ受けましょう。私はこの時は再就職活動どころではありませんでした。

 

 

 話はまだまだ続きます。

 

 

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