「財田」――さいでんと読む。けっこう各地にあって、四国や愛知などそれぞれ呼び方も違ったり同じだったりする。古代の朝廷の財務にあづかる土地か、財(たから)のヒメギミ――皇極天皇のお名代だったりするのだろう。
ここ「長岡」では、江戸時代には『財村』と『長原村』とあった。西の財村東の長原村を併せた「長岡」の名前は、明治のご一新でM8年の暮れに長岡となった。由緒もくそもない命名であるが、どんな思惑でそうなったかは今では知る由もない。しかも、すぐM22.6に近郷八ケ村合して財田村、明治・大正を経て戦後の大変動で、昭和25.10から財田町に格上げされて喜んだのも束の間―ーたった四年で元の木阿弥・・・「長岡」に逆戻りである。だから、というかそれでもとするか、「長岡」は行政の機関にも企業にも皆無と言っていい。唯一<郵便局>が現存するのみである。
西大寺軽便鉄道から国鉄山陽線・赤穂線の基幹駅<東岡山駅>の所在地として、にわかに偉ものになった。と同時に地元色はいよいよ影が薄くなる。今は、駅を境に土田の一部を含めた地域を長岡と呼んでいる。国道25号(旧2号線)で区切られた南長岡地域を「他郷」とする意識と不可分に、東岡山駅以南を「長岡」とすることに何の疑念もはさまないが、ごく一部岡山自動車教習所の西に数軒、長岡区域が残っていることは忘れがちである。人々の意識は己の周囲から離れ難い、お天道さんは頭の上で回っている。
さらば「財田」愛しのたからだ!斬っても切れない10カ村!
財田夏恋音頭
1. 夏恋花なら ノウゼンカズラ
燃えて焦がれて 揺れて散る
一日花でも 蛍となって
夜にも一度夜にも一度舞い遊ぶ
『夏恋ぼっこい寄ってこい
それが財田 夏恋音頭』(以下繰り返し)
2. 夏恋風なら 芥子のお山
備前富士から ドット来る
38度の 熱波となって
火傷しそうな火傷しそうな 肌の汗
『・・・繰り返し・・・』
3.夏恋夢なら 平成大路
ケヤキ梢に 掻き消える
夜行列車の ガラスに写し
続きも少し続きも少し見ていたい
『・・・繰り返し…』