どーも。夏休みに入ったのにまともに勉強していないのに受験が近づいてきて焦り出したアホ高校生です。

最近、尋常ではない暑さが続いてますね…熱中症にならないように気をつけましょう。

さて前回の投稿からかなーり時間が空いてしまいました。読者の方には長らくお待たせしてしまったことお詫び申し上げます。申し訳ありません。


さて前回の記事で僕が2つの病院で受診をして要処置となり入院することになったというところまでお話ししました。なので入院し始めてたからの生活についてお話ししようと思います。

僕は入院して早々保護室という部屋に入れられました。いわゆる閉鎖病棟です。保護室はベット以外何もなく窓にも保護フィルムが貼ってあり、外の様子が一切分かりませんでした。ドアには鍵がかかり、建物の造り的に隣の部屋の様子も分かりませんでした。

ですが隣の部屋から時折「助けて」「出せ」という叫び声が聞こえてとても怖かったです。

その頃の僕の1日は7時に起床と同時に朝ご飯を食べ「死にたい」という気持ちと闘いながらゴロゴロして過ごし12時に昼食を食べ、唯一持ち込みを許されたルービックキューブをしながら18時に夕飯を食べ、20時に就寝という生活をしていました。何もすることがなく誰とも話せず孤独でひたすら辛く長い1日でした。

そんな生活が2週間ほど続いたでしょうか。2週間ほど経ち部屋の鍵が解放されるようになりました。最初は食後1時間のみでしたが、僕の容態が良くなると次第にいつでも部屋から出られるようになりました。その頃から2日に1度のペースでシャワーを浴びることができるようになりました。

普通の人がこの生活をするのはしんどいと思います。でも当時の僕はこの生活をするのもやっとなくらいでした。そして後で保護室から来た人に聞いた話ですがベットにベルトで締め付けられていたそうです。僕はまだ容態が安定していたほうだったそうです。

保護室での生活は辛くてよく覚えていません。時計類も一切なく、時間という概念はもちろんのこと携帯の持ち込みができなかったので友達や家族と連絡することが一切できませんでした。窓からうっすら見える明るさのみが1日を教えてくれるような感じでした。

部屋を出られるようになってからはナースステーションの近くにあったテレビを観ることができるようになったり、新聞や本を読むことができるようになりました。入院する前はスマホでしかニュースを読まなかったので久しぶりのテレビでニュースを観たり、新聞を読んで世の中の動きを大まかに掴むことができるようになりました。

それから1週間ほど経ったでしょうか。僕は保護室から一般病棟に移動することとなりました。


一般病棟に入ってからの生活はまた今度話そうと思います。ではまた次の記事でお会いしましょう。アディオス