徳之島トライアスロン後日談。 


月曜日の夕方の船便で徳之島を出発し、火曜日の朝に鹿児島へ到着。 


そこから、知覧特攻平和会館へ向かった。
知覧特攻平和会館を訪れるのは、12年前に続いて2度目。






特攻隊は、太平洋戦争末期、とりわけ沖縄戦で多く実施された作戦だ。当初は海軍がフィリピンで開始し、その後は陸軍でも行われた。 


知覧と万世は、鹿児島県内で陸軍の特攻基地として使用された場所である。






内容としては遺書の展示が中心で、生き残りの方へのインタビューや語り部による解説も行われている。



映画でもよくとりあげられるトメ食堂は平和会館から少し離れたところにある。模した茶屋は近くにあるがたまたま休みで残念。

なお今回、知覧の展示では見かけなかったけど、(どこかにはあると思うけど)
上原良司さんの遺書がわたしは一番考えさせられるものと思っている。

翌日は、海軍の特攻の中心地だった鹿屋へ。

知覧・万世は薩摩半島、鹿屋は大隅半島なので、鹿屋には船で一旦大隅半島へ渡る。






鹿屋航空基地史料館は、知覧のような特攻専門の博物館ではない。明治以降から現在に至るまでの日本の航空戦力の歴史が展示されている。




自衛隊の基地に隣接しており、日本の軍事航空兵力の変遷や、現在の航空自衛隊・海上自衛隊の役割などを学ぶことができる。

もちろん、特攻についての展示もある。ただ、知覧は遺書の悲劇性が中心だが割と淡々としたファクト中心の展示になっている。



私は本職では、国際関係を中心としたメディア記事の編集員として働いている。

一方で、地域の消防団にも参加し、現在は分団長を務めている。また、自衛隊の予備自衛官としても10年以上にわたり活動している。

徳之島トライアスロンでも、消防団や自衛隊が大会運営に協力している姿が印象に残った。

消防にせよ自衛隊にせよ、その活躍が本格的に必要とされる時は、市民や国民にとって決して幸せな時ではない。

しかし、だからといって「何も起きないこと」を祈るだけでは十分ではない。

常に備えを固め、いざという時に対応できる体制を維持しておくことが重要だ。

知力、体力、気力を磨き続けること。組織としても、そして個人としても。

あの時代に生きた人たちは、みな必死に生き、行動したのだと思う。

だからこそ、ひとつ大切だと感じるのは、「思考し続けること」だ。

国や法律で決められたことに絶対服従するだけであれば、独裁者が一人いれば済んでしまう。

個人の倫理観は、物事を判断するための大黒柱として持ち続けなければならない。