それまで伝説の世界、物語の世界のことと思われていたトロイを発掘し、ギリシアと小アジアの十年に及ぶ戦争が事実であったことを証明し、世界史を書き替えた男がいた。シュリーマンである。

 

彼は十数カ国語を駆使し、無一文から世界的大商人となり、幕末に来日し、処女作『支那と日本』に江戸と横浜の印象記を残した。

 

このシュリーマンの業績に匹敵する二十世紀最大の考古学の発見が隣国の中国にもあった。殷の都、殷墟の発掘である。

 

長い間、大地に埋もれていた殷帝国の都、王侯の巨大な墓、美を極めた青銅器の数々、甲骨文の発掘である。この甲骨文の解読により三千年前の一大文化と社会と生活が、生き生きと再現されたのである。これによって司馬遷の『史記』がいかに真実そのものであるかが実証された。『史記』に記された殷王の系譜が甲骨文解読で復元されたものと完璧に一致したのである。

 

それまでその存在すらあやぶまれていた殷帝国が再現された。実に感動に満ち満ちた瞬間であった。シュリーマンに遅れること三千年、人類の古代史にまたもや画期的な光が投げかけられたのである。

 

三十年前の中国を生き生きと蘇らせた名著の名は『古代殷帝国』である。1967年みすず書房から出版された。編者は貝塚茂樹である。「素読の生き証人」であり、中央公論・世界の名著『孔子・孟子』の著者である。

最後に『古代殷帝国』の書評を引用しよう。

 

「学術的にも高い内容をこれほど魅力的に語りえた書は、数少ない奇蹟のひとつであろう」

 

古代殷帝国