次女が日本に帰って、一人になっての3日目の夜、この夜はライブハウスに行くことに決めていました。ロックのライブハウスか、ジャズの『バードランド』か、迷いに迷ってロックバンドのライブに決めました。『ビターエンド』!ニューヨークで老舗中の老舗、過去の出演アーチストにはジミヘンドリックスもいました。Webでのチケットはsold outになっていたけど、とにかく行ってみました。

 店の入り口の男性が「OK!20$!」みたいなことを言うので、20$払って中へ。おー!これがニューヨークの老舗ライブハウスか!大盛況な中に入ったけど、どうやって注文するのか、だれにどう頼めばいいかさっぱりわかりません。しばらくうろうろして、心を決めてカウンターでジントニックか何かを注文したら成功!で、ジントニックのグラスを持ってステージがある方の席を調べに奥に歩いたら、どうやらステージのすぐ前の席がほぼ空いています。で、カウンターに帰って、店の年配の女性スタッフに“ステージ前の席に座っていいですか?”みたいなことを聞いたら、“どうぞ”みたいに笑顔で言ってくれたので、なんと!ステージのすぐ前の左の席に座れました、というか、意を決して座りました!こんないい席に!さすがに、真ん前の席には座る勇気はありませんでした(後ろに、若者たちが大勢いましたから)。このステージですよ!このステージのセンターにジミー・ヘンドリックスが立って、巨大なマーシャルアンプにつないだフェンダーのストラトキャスターで爆音を響かせながらの超ハイテクニックで弾きながら、メロディーラインよりはラップのようなリズム重視のボーカルを聴かせて観客を魅了していたのです!あー!目に浮かぶ!

 バンドマンが一人、また一人とステージに上がり、セッティングとリハーサルをしています。それらが終わりました、いよいよライブの始まりです!手が届く目の前にキーボード、その右にレスポールのリードギター、その右がサックス、ボーカル&ギター&ベース、ベース&ギター、そして中央後ろにドラム。1曲目は知らない曲だったのでオリジナルかな、2曲目はブルーススプリングスティーンの“born to run”!このあたりから大盛り上がりで、ひっきりなしの歓声や手拍子で観客もすさまじいことになっています。私も歓声を上げたいのですが、いかんせんこういう“歓声”を上げたことがないので声が出せないんです、残念!なので、手拍子を手が痛くなるくらい叩き続け、体もリズムに乗って、とにかく楽しみます。わたしのすぐ右の席には、(注視は一度もできませんが、視野に入るのでわかります)見るからに肉感的な30代の女性で、ノースリーブというよりバストのトップがやっと隠れるくらいの露出の多い黒のミニのワンピースを着て足を組んでロングの髪をなびかせながら体全体でリズムを取っていうのがとても魅力的です。始めは一人で席に座っていたので、気になって仕方がなかったのですが、しばらくして連れの男性が来たので、ほっとしたり少しがっかりしたりです。通路を隔てて後ろには、横に広がるように10人×3列ほどの客席に、ラフな服装の若い男性、こちらもカジュアルなTシャツとジーンズで長い髪のような若い女性、が満員です。奥にちらっとキャップを被った年配の男性が見えたような。通路の先(今、私が奥なので)が入り口側のカウンター席で10人ぐらい座っているでしょうか。店の人は先ほどの年配の女性と、あと1人若い女性の2人が見えて、時々こちらに注文の酒などを運んできます。私の右奥にはテーブル席のスペースがかなり広くあり、ここも満員状態で、こちらには男性ばかりが歓声を上げています。

 『born to run』の、一瞬、音が止まった後の“ウォオーオー!”のところでは歓声が一際大きくなり大興奮です!いいです!ブルース・スプリングスティーンの“born to run”!これの邦題が“明日なき暴走”ですよね、いやーやっぱり“born to run”がいいなあ!

 次が、ピンク・フロイドの“money”!これもかっこいい!バンドの一人一人が上手くて、ブルースのようなハードロック?だけじゃなくてプログレッシブロックも上手いんです!全体のグルーブがすごくいいし(“グルーブ”を使ってみたかった)、リードギターもサックスもよくて引き込まれる感じ。

 3曲目は知らない曲で、リードギターの人がリードボーカルで歌っています。リードギターの人は、金髪の長髪で、ニルバーナのカート・コバーンにそっくりだなあ。そう考えると声質や歌い方までカート・コバーンに思えてきます。

 4曲目は知らない曲だなと思いながら聴いていたら、突然カート・コバーンさんがレッド・ツェッペリンの“天国への階段”の、かの有名なギターソロを弾き始めるんです!これには私は反射的に拍手をしました!そしたら、ちょっと静かな曲調で歓声も手拍子も止んでいた時だったので、私の拍手が会場に鳴り響き(そう思っています)ました、「おー!“天国への階段”のソロのウルトライントロに反応したのは自分だけだったぞ!みんなは知っていたのかな、知っていても瞬間的に反応したのは自分だけだったぞ!かっこいー!」と自己満足に浸ってソロを聴いています。あの流れるようなギターソロの音色に聴き入っていると、サックスの人がソロを夢中で弾いているカート・コバーンに何やら声をかけています。二言目、三言目と表情も険しくなり声を荒らげています。それを聞いてなのか聞いてではないのか、カート・コバーンは『天国への階段』のギターソロの中程で、また知らない曲のストロークに帰っていきました。で、今の状況は、カート・コバーンが予定になかった『天国への階段』のギターソロを勝手に入れてしまい、しかも没入して弾き続けているので、リーダーのサックスさんが「なに勝手にジミー・ペイジやってんだ!やめて早く帰ってこい!」ってな感じでカート・コバーンを引き戻した、っていうようなことではなかったかと勝手に想像して、「ドラマだ!」と喜びました。そうそう、これは、世界中で大ヒットした映画『ボヘミアン・ラプソディ』(私、7回映画館で観ました)で、フレディがバンドに加入直後のライブ演奏で、歌詞を間違っても平気で歌っているのを、ブライアンがギターをガンガン弾きながら「おい!歌詞がちがう!ちゃんと覚えろ!」と文句を言ってロジャーと目を合わせて、“なんだこいつは!”みたいなあきれた顔をするという場面がありましたよね、あのシーンを彷彿とさせるものがありましたね!

 その曲が終わるとカート・コバーンが「最後の曲は、彼(キーボード)のことを歌った曲です。」的なMCを入れたあと始まったのが、ビリー・ジョエルの『ピアノマン』です。あー!なんということでしょう!私が愛してやまないビリー・ジョエルを最後の曲にやってくれるとは!大感激で熱いものが胸に込み上げて目尻を熱くしました。それに実は私には、このニューヨークでチャンスがあればビリー・ジョエルの『オネスティ』を熱唱したいと、1ヶ月ほど前から車の中で熱唱していたんです!『オネスティ』は、私が大学生の時に親友に教えてもらった曲で、ビリー・ジョエルのアルバム『52番街』の2曲目の曲で、孤独なニューヨークで生きる若者が、“オネスティ(誠実)、なんて寂しい言葉、ここでは誰もが不誠実だから、オネスティ、でもそれこそがあなたから欲しいものなのだ”と絶唱する名曲中の名曲です。「ここで『オネスティ』を歌えないかな、歌えるわけないだろ!」と、でも、あきらめきれずモヤモヤした気持ちのままここまできていたのです。そんな私に最後の曲がビリー・ジョエル!最高の贈り物です!私は大感激で、みんなも大盛り上がりで、私もラララーと歌い、サビの🎵ラーララーリリラアー、ララーリリラーアラー🎵のところではみんなで大合唱!いやー!最高です!はるばる地球の反対側からやって来たこのニューヨークのライブハウスで、見知らぬ大勢の人たちとともに歌う、この高揚感!達成感!この幸福感!みんな大きな声で歌っています!私も大きな声で歌っています!三拍子のリズムに合わせて体を大きく揺らしながら、心も揺らしながら‥‥。