こんにちは。ムシパンです。

 

今回の記事は「stand」に関する記事を書こうと思います。

 

英語は日本語に変化する際に複数の意味なることがしばしばです。

 

また、その逆で英語のほうが細かく単語が分かれている場合があります。

 

これは文化の違いで起こっていることです。

 

 

 

もくじ

1.standの意味

 

2.2つの意味の関係性

 

3.関係性から学べること

 

 

これでいきます。

 

 

 

 

 

 

1.standの意味

 

 

大きく2つからなる。

  1. 立つ
  2. 我慢する

「立つ」は有名だが「我慢する」という意味もある。

 

ではこれらの関係性は何なのであろう。

 

本来英語では同じイディオムで解決するのは一緒という価値観にされている。

 

そうでなければ別々にする必要が無いし簡単にしたほうがいい。

 

逆の場合は

 

「聞く」

 

という日本語がある。

 

 

英語では「listen」や「hear」、「ask」など多くのイディオムに分かれている。

 

英語圏と日本語圏の価値観のずれから生じた。

 

日本語は日々新しい言葉が作られる

 

英語とは違って凡庸性があり誰でも作ることは可能である。

 

英語圏からの勉強が難しいことは紛れもない事実であり、日本人でさえ日本語を半分以上理解している人は少ないのではないか。

 

それもまた面白い。

 

 

 

 

 

 

2.2つの意味の関係性

 

 

多少話がずれたので戻して

 

「stand」というイディオムで2つの全く異なる意味を持つのか考えてみよう。

 

そもそも「我慢する」という行為はどの世代からできるだろうか。

 

 

生まれたての子供は環境の変化に危機を感じておぎゃーおぎゃーと泣き我慢しようとすることは考えずらい。

 

幼稚園児もまだであろう。

 

小学生高学年から早い人は我慢することを覚えるのではないか。

 

それに比べて「立つ」ことは赤ん坊以外は容易にできる行為である。

 

社会という観点から見てみよう

 

社会に立てる年齢は義務教育が終了した段階で立てるといってよいとしよう。

 

イギリスやアメリカでは18歳まで義務教育を受ける義務がある。

 

それに比べて日本は15歳と比較的早いことが分かる。我慢を覚えてから2,3年たってから自立と認定される。

 

ただ、自立は他のイディオムで代行されている。

 

 

ということは自立の準備段階で日本人の考えにない「立てた」ということと同等の価値となっているのであろうか。

 

つまり大人への道は、

 

「産まれる」→「立った」→「立てた」→「自立」

 

日本人には「立てた」という感覚はないが英語圏では2段階で大人への道の試練があるのではないかと考えた。

 

そうすると辻褄が合う。

 

日本にはない感覚であり、意味を合併していると考えれている。

 

(調べたことや聞いた話ではないのであくまで仮定としている。)

 

 

 

 

 

 

3.関係性から学べること

 

 

プロランナーへの道は2段階あるのではないか。

 

目標に対して2段階乗り切らなくては達成できないのではないか。

 

そう考えられた。

 

実際そうではないか。

 

簡単にしたいことを達成した記憶はない。

 

「立てた」という一段階のクッションが必ずあるということだ。

 

これで挫折してしまうことが多い。

 

「立てた」という壁は意外にも高い。

 

立つだけなのにこんなにも難しいことなのかと圧巻された。

 

 

 

 

まとめ

目標達成には2段階のクッションがある。

 

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