「人は誰かを表現する時、自己紹介をする」法則で言えば、マヤを「潔癖症」と評したリツコ自体が潔癖症である。ゲンドウとの関係性も母親の男を寝盗るということに罪悪感を感じ、その罪悪感から快楽を引き出していた。
恐らくゲンドウと母親との関係がなければ、関係を持つ選択肢さえなかったはず。マヤとの関係性も「同性愛」という罪悪感から快楽を引き出している可能性さえある。マヤは単純に好きな人と付き合ってるだけ。「副長先輩」とかは関係性を隠して苦しんで欲しくないから言ってるのかもしれない。
加持とミサトが引きこもってひたすら貪りあったり、エレベーターでキスしても、付き合ってる同士ならありがちなこと。やたらと呆れたり怒ったりするのはリツコが抑圧の強い人間だから。マヤがミサ加持キスをリツコと目撃した時に「不潔」って言ったのは、多分リツコの口癖が移っているだけ。そもそもマヤは加持のナンパにも割とノリノリで答える側の女。
マヤが潔癖症じゃないなら、本当はどんな人間か。マヤは戦場のど真ん中でも気持ち悪いと感じたら吐き気を催すし、戦略自衛隊が侵入して同僚の大半が殺されようが鉄砲は撃てないと蹲り、同性の先輩でも好きだと思ったら迷わず抱き締める女。なのでリツコとは正反対の「したい事をする」女。リツコは「すべき事をする」女。
フロイトで説明すると、スーパーエゴ(規範意識、ブレーキの役割)が強すぎて、イド(欲望、アクセルの役割)が抑圧されすぎて動けない状態。
ミサトもマヤもゲンドウも、リツコが側に置いている人間は大体「したい事をする人」。罪悪感と倫理観で雁字搦めになっているから、リツコは自分が自由になるために、自由にしてくれる人の側にいる。
ミサトが槍を作って欲しいと無茶振りしたときに「リツコならできるでしょ」と託せるのは、ミサトが「したい事をする人」だから。リツコは任せつつも「悪いわね、マヤ」と「部下にこんな負担をかけるべきでない」というポーズを取る。それに対して「大丈夫です、副長先輩!慣れてますから!」と満面の笑顔でマヤは答えてくれるので、リツコは罪悪感を感じずに仕事を任せられた。
ミサトもゲンドウも自分自分自分ばっかりの人なので、マヤみたいに自分だけではなく先輩を気遣える人は貴重だと思う。やっぱりリツマヤは最高。Q.E.D.(Q.E.D.ではない)。
補足
一応言っておくと、リツコは完全に「すべき事をする人」ではない。規範意識を強く持つだけで、「したい事をする人」に着いていくのもリツコの意思。
なので、ゲンドウ、ミサト、マヤなどのパーソナリティに完全に興味はないが従ってるとか、愛はないとか、属性だけ見ている訳でもない。単純に相性がいい、ぐらいの意味。
ゲンドウ、ミサトはそれぞれユイ、加持という自分と似た「したい事をする人」のパートナーがいる。そのパートナーに振り回されつつ、自分も周囲を振り回す、という行動パターンをとる。そして、四人とも好き勝手やったり、誰かの尻拭いのために自ら殉死してしまう(シンで一番どうなのと思ったのは、恐らく加持も子リョウジに気づいていたのに死地に赴き、ミサトも子リョウジを捨てて着いて行きたがったこと。リツコが止めていなかったら・・・)。
リツコが幸いなのは、「やりたい事をやる人」のマヤが生きて側にいてくれて、しかも「すべき事をする」リツコに自分の意思で着いてきてくれること。ゲンドウ、ミサトは別にパートナーがいたし、リツコに着いてくるのではなくリツコを引き連れていた。自分自分の二人に振り回されず、自分を確立した上で自分の意思で支えてくれるマヤと一緒になり、ようやくリツコは人生の平穏と豊かさを享受することができるのだと思う。お二人の人生に幸多からん事を・・・