馬の背・HAMASUKA夏まつり2022 | 哲風のBLOG

哲風のBLOG

 「海と社(やしろ)に育まれる楽しい塩竈」を目指している宮城県塩竈市に鎮座する志波彦神社鹽竈神社の神事,四季の移り変わりや,仙台,塩竈,多賀城,松島など宮城県内各地の名所,旧跡,行事などを紹介します。

 8月15日(月),松島海岸散策の後,HAMASUKA夏まつり2022(宮城県宮城郡利府町赤沼浜田 瀧さわ家&MOLAMOLA CAFE駐車場)まで時間があったので,開会前にJR仙石線・陸前浜田駅(利府町赤沼字井戸尻)から馬の背(利府町赤沼櫃ケ沢)まで歩きました。

 

 JR仙石線・陸前浜田駅です。無人駅です。

 

浜田(1)

 

 瑞鳳ヶ丘です。残念ながら靄がかかっています。

 

浜田(2)

 

浜田(3)

 

 馬の背の上の道路脇の案内板です。

 

浜田(4)

 

浜田(5)

 

 馬の背の対岸にある子馬です。

 

浜田(6)

 

 馬の背です。夏とは言え,1人で渡って海に転落した場合生命の危険がありますので,渡ることは断念しました。

 

浜田(7)

 

 HAMASUKA夏まつり2022の会場です。

 

浜田(8)浜田(9)

 

 演奏は宮城県利府高等学校です。

 

 

 

 

浜田(10)

 

 途中本降りになってしまったため,早々に退散しました。

 なお,「利府」の地名は文禄4年(1595年)に「利府本郷」で見えるのが文献上最も古いようです。平安時代から「十符の菅薦」(とふのすがこも,網目が十筋もある幅の広いスゲで編んだむしろ)の産地で「十符(とふ)」と呼ばれていたところ,留守政景(伊達政宗の叔父)がこの地に居住した際「十符」に佳字の「利」と国府の「府」を当てて「利府」とし,後に「りふ」と読み替えたと考えられています(有力説です。)。利府町役場などでは「十符の里・利府」として文化振興を図っています。「利府を含む陸奥國宮城郡には縄文時代から奈良時代までアイヌ語を喋るアイヌ系蝦夷族が先住していた。」というトンデモ説を信奉している人が,「りふ」はアイヌ語の「リフル」(小高い丘)が語源であると主張していますが,根拠はありません。そもそもアイヌは13世紀頃の成立とされています。