9月19日(金)に撮影した志波彦神社鹽竈神社(宮城県塩竈市一森山)境内のミヤギノハギ(宮城野萩),ヒガンバナ(彼岸花)です、
鹽竈神社馬場脇の宮城野萩です。宮城野萩は宮城県の花(県花)です。
鹽竈神社東参道(裏坂)脇の彼岸花です。マンジュシャゲ(曼殊沙華)とも言います。
9月7日(日),第20回どんとロード八幡雀踊りに行って来ました。いつものように柳生祭連(やなぎうまづら)の追っ掛けです。逆光のため,被写体がほとんどわからないまま撮影したものがあります。決して振舞酒の飲み過ぎではありません(笑)。それでは,写真及び動画で報告します。
大崎八幡宮(仙台市青葉区八幡四丁目)一之鳥居です。
参加祭連(まづら)が拝殿に向かいます。昇殿参拝,社頭参拝します。
中央舞台演舞場で開会式及び鏡開き(鏡割り)が行われます。
拝殿前での奉納演舞です。ハネコ踊り保存会です。
仙臺粋人「国見雀雀」縁です。
まつり磊々欅組です。
柳生祭連です。
馬場演舞場(松焚祭斎場)における演舞です。仙臺粋人「国見雀雀」縁です。
まつり磊々欅組です。
柳生祭連です。
中央舞台演舞場における演舞です。仙臺粋人「国見雀雀」縁です。
まつり磊々欅組です。
柳生祭連です。
すずめ神輿です。大崎八幡宮一之鳥居前から県道31号を地元の仙台市立第一中学校の生徒らが神輿を担ぎます。
県道大流しです。沖野すずめ隊です。
ハネコ踊り保存会です。
仙臺粋人「国見雀雀」縁です。
合同祭連です。
まつり磊々欅組です。
柳生祭連です。
私の追っ掛けはこれで終了です。この日の仙台の最高気温は33.4℃とのこと。暑い中各祭連をはじめ関係者の皆さん,お疲れさまでした。お世話になりました。
7月26日(土),27日(日)の両日,JR仙台駅東口宮城野通りを会場に(PR演舞はJR仙台駅東西自由通路及びJR仙台イーストゲートビル(ダテリウム))において),第21回夏まつり仙台すずめ踊りが開催されました。27日(日)分について,写真と動画で報告します。
開始に当たって柳生祭連(やなぎうまづら)組頭の口上です。
ステージ演舞です。まず,光です。
日専連青葉組です。
結です。柳生祭連のお囃子方が応援します。
柳生祭連です。
姐組です。「姐組」は,「宮城大学娘すずめ。」の卒業生が設立した祭連ですが,現在は宮城大学卒業生だけでなく,さまざまなメンバーが在籍しているということです。
伊達衆『一ノ座』です。
大流し(第1回目)です。伊達衆『一ノ座』です(一部です。)。
柳生祭連です。
柳生祭連の演舞はこれで終了です。私は柳生祭連を中心として仙台すずめ踊りを追っ掛けていますので,私の撮影もこれで終了です。柳生祭連をはじめ関係者の皆さん,ありがとうございました。また追っ掛けさせてください。この後は,いつものカラオケ居酒屋で「ソロ飲み」です。
7月26日(土),27日(日)の両日,JR仙台駅東口宮城野通りを会場に(PR演舞はJR仙台駅東西自由通路及びJR仙台イーストゲートビル(ダテリウム))において),第21回夏まつり仙台すずめ踊りが開催されました。私は両日とも,柳生祭連(やなぎうまづら)を中心に追っ掛けました。写真と動画で報告します。まず26日(土)分です。
会場に向かう歩道上に夏まつり仙台すずめ踊りの看板があります。その一部に何と!柳生祭連のメンバーが掲載されています。カッコいい(格好良い)ですね。
総踊りの一部です。
大流し(第1回目)です。
路上演舞です。
ステージ演舞(第1回目)です。
東西自由通路演舞です。仙千代祭連です。
仙千代祭連の若手(中学生,高校生)です。「仙千代坂」と言うそうです。「坂」って何!ということですが,「乃木坂46」のようなアイドルグループということのようです。27日(日)に仙千代祭連のある方に尋ねて知りました。仙千代祭連には「仙千代わっこ」というのもあります。これは「子供」とわかります。
「選抜チーム(伊達の舞)の2人が見ている。」旨の説明があったので,後ろを振り返ったところ,伊達衆『一の座』の有名な方が見ていましたので,少し話をさせていただきました。27日(日)は伊達衆『一ノ座』の演舞も撮影します。
柳生祭連です。
宮城野通りの特設ステージには伊達武将隊(奥州・仙台おもてなし集団 伊達武将隊)の3人が出陣していました。
大流し(第2回目)の前に宮城野通りで記念撮影です。
大流し(第2回目)です。
この後ダテリウムでの演舞,ステージ演舞(第2回目)もあるのですが,私は時間の都合があり断念,帰宅しました。それでは,「第21回夏まつり仙台すずめ踊り(第2回)」(27日(日)分)に続きます。
7月21日(月,海の日),第78回塩竈みなと祭が斎行されました。併せて陸上パレードが開催されました。
塩竈みなと祭は平成26年11月26日に,ふるさとイベント大賞第1回「内閣総理大臣賞」を受賞しています。延喜式内名神大社・志波彦神社,陸奥國一之宮・鹽竈神社の御神輿を奉安した御座船「龍鳳丸」,「鳳凰丸」が日本三景・松島湾を巡行します。東日本大震災においても中止せず継続して実施し,被災地の復興の象徴になりました。東北の夏祭りはここから始まります。写真と動画で報告します。
志波彦神社の御神輿です。鹽竈神社の御神輿が塩竈市内を巡行する御祭りは年に3回ありますが,志波彦神社の御神輿が巡行するのは,この塩竈みなと祭だけです。
鹽竈神社の御神輿です。
午前10時10分頃から,志波彦神社,鹽竈神社の順で,御神輿が表参道(表坂)をお下りになられます。神職,来賓,御神輿の前後を供奉する各団体らも下ります。まず,志波彦神社です。
次に鹽竈神社です。
西埠頭に先回りして,御神輿をお待ちします。御神輿は西埠頭に御到着した後御座船に乗ります。志波彦神社の御座船は龍鳳丸,鹽竈神社の御座船は鳳凰丸です。現在の御座船は築後約60年が経過しています。御座船新造に向け寄付金を募集しています。志波彦神社の御神輿は,塩竈市魚市場の新築を記念して昭和39年に水産業者らによって奉納されたものです。鹽竈神社の御神輿は享保年間(1716年から1736年頃)に製作されたものとのことです。
午前11時35分頃志波彦神社,鹽竈神社御両社の御神輿が到着しました。
午後零時15分過ぎ,御座船は供奉船75隻を従えて御発船です。神輿海上渡御です。御座船は宮城郡七ヶ浜町の代ヶ崎浜前を通過し,鳳凰丸は松島海岸,塩竈市の離島である浦戸諸島(寒風沢島,石浜,野々島,桂島)に寄港します。龍鳳丸は花渕浜,塩竈市魚市場に寄港し,塩釜水産物仲卸市場周辺を渡御します。これは1年交替です。
午後1時から鹽竈海道(県道北浜沢乙線の一部)の一部で塩竈みなと祭陸上パレードが開催されます。
午後2時頃から「よしこの塩竈」小学生の部です。
この日の塩竈市の最高気温は35.2℃だったとのこと。私はこれで終了(苦笑),涼しい所へ避難しました。帰宅後はシャワーを浴びて,「ひとり直会」です。
7月13日(日),鹽竈神社(宮城県塩竈市一森山)流鏑馬神事が斎行されました。鹽竈神社流鏑馬神事は鎌倉時代初期,陸奥國留守職(るすしき)・伊沢家景が三頭の馬を献じて流鏑馬を行い,部下の士気を高めたのが始まりと伝えられているものです(志波彦神社鹽竈神社HP)。写真と動画で報告します。
流鏑馬神事は午後2時から鹽竈神社馬場で斎行されます。
第二講堂前に射手らが待機しています。午前10時30分過ぎから馬場で素走り(すばしり,練習・試技)です。
流鏑馬神事の前に,御釜神社(塩竈市本町)で潮垢離(しおごり,禊のこと。「塩垢離」とも。)が行われます。午後零時30分過ぎに志波彦神社鹽竈神社第二講堂前を出発し,鹽竈神社で最も古い参道である七曲坂を下ります。七曲坂は奈良時代にはあったものと推定されていますが,もっと古いかも知れません。
鹽竈海道(都市計画道路 北浜沢乙線の一部)を進みます。
御釜神社です。射手らが参拝します。
御釜神社での潮垢離が終了し,七曲坂を上って来ました。
神馬舎・神龍社前です。
午後1時45分頃馬場に射手3人ら関係者が登場しました。
射手は随身門(楼門)を通って,鹽竈神社に参拝しました。
2回素走りが行われます。写真はその一部です。
いよいよ流鏑馬です。三人の射手が三つの的を次々と射抜いて行きます。それぞれ3回行われます。矢が的に的中することは除災招福の瑞祥とされています。動画はその一部です。今年はかなり的中しました。
午後2時40分頃流鏑馬神事が終了しました。
7月10日(木)午前11時から鹽竈神社(宮城県塩竈市一森山)例祭が斎行されました。写真及び動画で報告します。
絵馬殿では「奉祝鹽竈神社例祭 児童書道展」を開催していました。
舞殿では塩竈神楽保存会が神楽を奉納していました(神事斎行中は休止します。)。
例祭は鹽竈神社別宮において斎行されます。鹽竈神社の主祭神は別宮に祀られている鹽土老翁神(しおつちおじのかみ)です。神職,来賓,責任役員などが四足門(唐門。国指定重要文化財としての名称は,単に「門」です。)からやって来ました。別宮に昇殿します。
御出幣式の浄砂(御神幣の通り道に敷かれた清浄な砂)が撒かれます。
御出幣式です。かつては朝参神事と言われていたとのことです。三神殿(別宮,左宮,右宮)に奉安の大神幣を奉截し,神宝を奉持し,随身門(楼門)前まで出御され,まず南面して大神幣を左,右,左と三度振り奉り,神社に向かって再び左,右,左と三度振り奉って神殿に還御します。国家泰平・国民平穏を祈る極めて古い伝統に基づく神秘な儀式として注目されています。
例祭・御出幣式が終了しました。浄砂を寄せて,通路を作ります。浄砂を「清め砂」として頂戴することができます。