鉄道で行く旅

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鉄道旅行を中心としたブログ記事を投稿しています。

2026年2月3日(火)に、近鉄郡山駅まで豊臣秀長(豊臣兄弟!)の「藍色装飾」を見に行ってきました。

「靴の衝撃吸収インソール (理学療法士監修のインソール)」のおかげで、左足の痛み(足底筋膜炎(足底腱膜炎))は、今のところ、症状が治まっています。整形外科で処方してもらった「痛み止め薬」は、もう服用していません。

 

大阪難波駅から近鉄の快速急行で大和西大寺に向かいました。車両は5820系でした。

 

大和西大寺駅から9200系の普通電車に乗って近鉄郡山駅へ。

 

近鉄郡山駅の駅名標です。隣駅は筒井駅ですね。

 

参考画像:筒井駅と8810系の普通電車です。筒井は、筒井順慶ゆかりの地の一つです。(2006年撮影)

 

近鉄郡山駅のプラットホームには、豊臣秀長の横断幕「秀長さんゆかりのまち ようこそ大和郡山へ」が出ていました。

 

近鉄郡山駅で3200系の京都行急行を見ました。

 

これも近鉄郡山駅で見た1031系の京都行普通電車です。

近鉄の車両形式は「地域ごとの需要」「旧型車両の置き換えと更新」「新型車両の導入」が複雑に絡み合っているため、非常に多くの形式が存在し、鉄道ファンから「複雑で面白い」と評されています。

 

近鉄郡山駅の下りホームを通過する23000系「伊勢志摩ライナー」です。

 

近鉄郡山駅の下り線(大和八木・橿原神宮前方面)側駅舎の「藍色装飾」です。

近畿日本鉄道(近鉄)は2025年12月16日、2026年のNHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」の主人公である豊臣秀長が晩年を過ごした郡山城(現在は郡山城跡)の最寄り駅である近鉄郡山駅の外屋根や柱などに、秀長が城下町を築いた頃から受け継がれた、藍染の文化をイメージした藍色の装飾を、2025年12月17日から2026年12月頃まで実施すると発表しました。

 

これもまた、近鉄郡山駅の下り線側駅舎の「藍色装飾」の画像です。

 

「藍色装飾」の「五七の桐」の紋章です。

 

近鉄郡山駅前にある九条第12号踏切で撮影した橿原神宮前行の急行です。車両は1233系でした。

 

郡山駅前商店街「ふれあいの街」に入っていきました。

 

郡山駅前商店街の幟です。『秀長さんゆかりのまち 大和郡山 大河ドラマ「豊臣兄弟!」』と書いてありました。

 

郡山駅前商店街の和菓子屋さんである「小杉屋」が長期休業に入っているようでした。(2026年2月3日撮影)

 

2017年6月に撮影していた「小杉屋」です。

 

「小杉屋」の「草もち」です。(2017年6月撮影)

 

2026年2月3日の画像に戻ります。

「やなぎまち商店街」の豊臣秀長の幟です。『大和百万石 郡山城主 大和大納言 豊臣秀長』と書いてありました。

 

「やなぎまち商店街」の幟では、「五三の桐」の家紋になっています。どちらかというと、豊臣秀長が主に使用した家紋は、「五七の桐」ではなく、この「五三の桐」でした。

 

京都銀行大和郡山支店です。

 

京都銀行大和郡山支店の灯籠型金魚鉢です。

 

川と言うよりも溝のような紺屋川(こうやがわ)が流れる紺屋町(こんやまち)を歩きました。

 

着物などのクリーニング屋さんである奈良屋と紺屋川です。

 

紺屋川と箱本館「紺屋(こんや)」です。

「紺屋のあさって(こうや(・こんや)のあさって)」とは、染物屋(紺屋)が仕事の納期を「明後日にはできる」と約束しながら、天候や都合で何度も引き延ばす様子から、「当てにならない納期や約束」を指すことわざです。江戸時代、藍染めが天候(晴天)に左右されたことに由来します。

 

 

大和郡山の本家菊屋の本店です。「やなぎまち商店街」にあります。

天正13年(1585年)に、豊臣秀長が郡山城に入った際に、豊臣秀長の御用菓子司として和菓子の製造・販売を始めたのが、この本家菊屋です。

 

 

本家菊屋(本店)で銘菓・御城之口餅(鶯餅)を購入しました。

「御城之口餅」について
特徴: 小豆あんを餅で包み、きな粉をたっぷりとまぶした一口サイズの餅菓子です。
由来: 天正13年(1585年)、大和郡山城主となった秀長が、兄の秀吉を招いた際に、連れてきた菓子職人である本家菊屋の初代・菊屋治兵衛に「珍しい菓子を作るように」と命じて作らせたものです。
命名: 菓子を献上された秀吉は、その美味しさと上品な「きな粉」の色合いを大変気に入り、「鶯餅」という名を授けました。
現在の通称: 後に、治兵衛の店が郡山城の大門から続く街の一軒目であったことから、いつしか「御城之口餅」という通称で呼ばれるようになり、現在に至っています。

 

近鉄郡山駅の上り線(大和西大寺・京都方面)側駅舎の「藍色装飾」です。

 

2026年2月3日 10時00分のPR TIMESのニュースです。

 

「DMG MORI やまと郡山城ホール」です。(2024年8月撮影)

「秀長さんプロジェクト推進協議会」の主催で、2026年3月2日にオープン予定の「豊臣兄弟! 大和郡山 大河ドラマ館」(DMG MORI やまと郡山城ホール1階展示室)も同駅から徒歩約7分。近鉄は「奈良・大和郡山市には、豊臣秀長の居城であった郡山城跡や菩提寺である春岳院の他、永慶寺、大納言塚、洞泉寺、源九郎稲荷神社など、豊臣秀長とつながりのある神社仏閣など多くの見どころがあります。大河ドラマ『豊臣兄弟!』のゆかりの地である大和郡山市を訪れていただき、装飾した近鉄郡山駅をスタートに現地の観光スポットを巡っていただければと考えています」と(近鉄が)PRしました。

 

今回(2026年2月3日)の帰り道です。近鉄郡山駅から大和西大寺駅まで8A系(2025年鉄道友の会ローレル賞を受賞)の急行電車に乗車しました。

8A系は何度か撮影したことがあるのですが、8A系に乗車したのは初めてでした。

 

この日の昼食は大和西大寺駅構内のCAFFE CIAO PRESSOを利用しました。

 

CAFFE CIAO PRESSOでは、ホットコーヒーと「三角サンド(チキンカツ+タマゴサンド)」、「ハムとチーズのクロワッサン」および「トマトバシルのイタリアンウインナー」をいただきました。普段、「チキンカツ」は食べないのですが、うっかり「トンカツ」だと思って買ってしまいました。

この後、大和西大寺駅から近鉄の快速急行で大阪難波駅まで帰りました。この日のスマートフォンの歩数計は6,713歩でした。

(おわり)

 

【備忘録】

2026年2月4日は立春でした。

千葉県は飯沼本家の「甲子 きのえね kinoene 立春朝搾り 純米吟醸生原酒 720ml」の 日本酒を楽天で2026年2月4日に購入しました。(2026年2月6日に宅配便で自宅に届きました)

兄家族が2026年1月31日(土)に「おおさか堺バルーン」に搭乗しましたので、そのときの様子を記事にします。

 

天王寺駅からJR阪和線で百舌鳥(もず)駅まで移動しました。(阪和線の電車の画像は2018年8月撮影)

「おおさか堺バルーン」の予約は2回目でして、前回の2026年1月2日(金)に予約したときは「(強風のため)運行中止」でした。

聞くところによりますと、「おおさか堺バルーン」の全運行日の3分の1以上が「強風などの天候不良」として、運行中止のようです。

 

 

2026年1月31日の「おおさか堺バルーン」の運行状況は、前日の情報では微妙なフライト予報(▲運休の可能性が高い天気予報)でしたが、この日のWebサイトを見たら「運転中」になっていました。(2026年1月31日の14時頃に拙ブログ管理人が確認した結果です)

兄家族が、移動途中でWebサイトを確認したところ「機材点検のため一時運転を見合わせ中」とのことだったそうです。


2026年1月31日の午前10時30分頃に現地に着くと「これから試験運転をしてOKになれば運転する。搭乗までに時間がかかる。」とのことを告げられました。
その後、試験運転を3回実施し、11時05分頃の搭乗となりました。
(11時00分の予約だったので、ほぼ予定どおりに搭乗することができました。)

「おおさか堺バルーン」には「双眼鏡、望遠レンズはお持ち込みいただけません。」と案内に書いてありましたので、上空からはスマートフォンで撮影しました。

「おおさか堺バルーン」では、安全上の理由および覗き見防止の観点から、双眼鏡や望遠レンズの持ち込みが禁止されています。 
双眼鏡、望遠レンズの持ち込みは禁止となっております。カメラの外付けレンズは種類を問わず、装着して搭乗いただけません。
スマートフォンやコンパクトデジタルカメラでは撮影していただけます。

 

「おおさか堺バルーン」は、離陸時と着陸時に少し揺れますが、それ以外は快適でした。

「世界文化遺産 百舌鳥・古市古墳群 -古代日本の墳墓群」の構成資産の一部としても登録されている古墳群を「おおさか堺バルーン」から見ることができました。

 

御廟山古墳(ごびょうやまこふん)とニサンザイ古墳です。

御廟山古墳は、百舌鳥本町にある前方部を西に向けた前方後円墳です。
平成20年に行われた宮内庁と堺市による発掘調査により、規模が墳丘長203メートル、後円部径113メートル、前方部最大幅136メートルであることが確認されました。

ニサンザイ古墳は、百舌鳥古墳群の南東端にある、前方部を西に向けた大型前方後円墳です。
墳丘は、宮内庁が反正天皇の空墓として陵墓参考地に指定し、管理しています。
墳丘の規模は全長約300メートル、後円部径約170メートル、高さ約24.6メートル、前方部幅約224メートル、高さ約25.9メートルで、日本で7番目の大きさです。

 

いたすけ古墳です。

いたすけ古墳は、百舌鳥古墳群のほぼ中央に位置し、前方部を西に向ける3段築成の前方後円墳です。周囲には一重の濠が巡り、墳丘には埴輪と葺石(ふきいし)のあることが確認されています。埋葬施設の構造や副葬品は不明ですが、墳丘の形や埴輪の状況から5世紀前半に築造されたと考えられます。周囲には陪塚(ばいちょう)とよばれる小形の古墳があり、善右ヱ門山(ぜんえもんやま)古墳が後円部の東側に現存しています。消滅した陪塚には吾呂茂塚(ごろもづか)古墳、播磨塚(はりまづか)古墳がありました。

 

ややピンボケですが、奥に見えるのが履中天皇陵古墳です。

 

これもまた、履中天皇陵古墳です。

 

履中天皇陵古墳のクローズアップ画像です。

履中天皇陵古墳は、石津ヶ丘にある全長約365mの日本で3番目に大きい巨大前方後円墳です。仁徳天皇陵古墳(大仙古墳)より古く5世紀前半頃に造られ、百舌鳥耳原南陵、ミサンザイ古墳とも呼ばれる百舌鳥耳原三陵(もずのみみはらさんりょう)の一つです。

 

大仙古墳です。感動的な風景でした。

 

大仙陵古墳(だいせんりょうこふん)または大山古墳(だいせんこふん、大仙古墳)は、大阪府堺市堺区大仙町にある古墳で、百舌鳥古墳群を構成する古墳の一つです。前方後円墳を周濠が取り巻く形状をなしています。墳丘基底部だけで10万3410平方メートルあり、日本最大の古墳にして、世界最大級の墳墓です。
実際の被葬者は明らかではありませんが、宮内庁により百舌鳥耳原中陵(もずのみみはらのなかのみささぎ)として「仁徳天皇陵」に治定されています。これを前提として「仁徳天皇陵古墳」とも呼ばれいます。

 

堺市内です。

「おおさか堺バルーン」の最高高度は地上約100メートルで、ヘリウムガスの浮力で上昇し、世界遺産の百舌鳥古墳群や堺市街の絶景を楽しめますが、天候や安全状況により運行が変動します。フライト時間は約10〜13分程度で、大仙公園から発着しています。

 

堺市内です。右下の塔は、堺大空襲などの死者、堺市の戦没者らの鎮魂を祈念して1971年(昭和46年)に建設された、高さ60mの大仙公園のシンボルタワー「平和塔」です。内部は非公開です。

 

地上から見た「おおさか堺バルーン」です。画像は、どら池(増々池)に架かる増々池橋(ますますいけばし)です。

 

地上から見た「おおさか堺バルーン」のゴンドラです。ゴンドラの定員は30人です。

 

これもまた、地上から見た「おおさか堺バルーン」です。

 

昼食場所として利用した「こふん前Café IROHA」です。時刻は午前11時40分頃でした。

 

 

「こふん前Café IROHA」で「こふんバーガー」をいただきました。ポテトとドリンクがついているセットを注文しました。

バーガーのバンズに「こふん」のマークがあります。

 

JR阪和線の百舌鳥駅から帰路に就きました。(阪和線の電車の画像は2023年12月撮影)

(おわり)

2026年1月31日(土)に、ATC(アジア太平洋トレードセンター)のITM棟 2階 インフォメーション前のミャクミャク像を見に行きました。

 

野田阪神駅から大阪メトロの千日前線で阿波座駅に向かいました。

 

阿波座駅から大阪メトロ中央線でコスモスクエア駅へ。

 

コスモスクエア駅からニュートラムに乗車してトレードセンター前駅へ。

 

ATC(アジア太平洋トレードセンター)への連絡通路です。トレードセンター前駅の改札階はATCの3階レベルでした。

 

ATC(アジア太平洋トレードセンター)のITM棟 の2階に降りたところです。

 

ATC(アジア太平洋トレードセンター)のITM棟 2階 インフォメーション前に移設されているミャクミャク像(ねそべりポーズ)です。2025年12月27日~2026年3月31日まで、ここに展示されることになっています。

 

ミャクミャク像(ねそべりポーズ)の後ろ姿です。

 

ミャクミャクモニュメントの軌跡です。

 

ATC(アジア太平洋トレードセンター)のITM棟 2階から見た「さんふらわあ むらさき」です。

 

 

帰りは、ニュートラムから大阪メトロ中央線に乗り換えて谷町四丁目駅へ。

 

谷町四丁目駅から大阪メトロの谷町線で東梅田駅へ。

 

昼食は、阪急三番街のラーメン横綱で味玉ラーメン+ライスキムチセットをいただきました。

(おわり)

 

『終活』での断捨離!

『終活』のために、「遺品として残すのもどうか?」と思われるライカのクラシックカメラ(ライカIIIg)を売却しました。

それと同時に、ズミクロン50mm、ズマロン35mmおよびヘリアー40mmとファインダーなどのアクセサリー類も売却しました。

ちょっと惜しいような気もしましたが、遺族のことを考えると、今、売却してしまうのがベストのように思います。

買取価格は合計で309,103円でした。