次世代のリーダー育成を行うにあたって、人事部門に求められる構想力と実現力について | Work , Journey & Beautiful

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「管理職は多忙。なので長期的な研修は受けさせられない。」

「管理職クラスになると必要なのは会社の施策ではなく、自己啓発でもって育ってほしい」


これらの言葉は外資系のクライアントよりも日本企業のクライアントで良く聞かれる言葉です。これらの言葉から、管理職やリーダーなど、一定以上の立場にいる人は会社が学びの場を施すのではなく自ら学ぶものだ、とするメンタルモデルが根強いように思えます。しかし一方でそれらの立場にいる人は多忙のため、現実的には自己啓発に時間をさくことが出来ずにいます。

近年、組織の中で次代を担う人材をいかに育成をするのか?に対する注目が集まっています。かつての高度経済成長期のような国内市場の拡大を前提としてビジネスを考えることはできなくなりました。貿易収支が31年ぶりに赤字になるなど、これまでのように日本国内で企画、製造、輸出を垂直統合で行うビジネスモデルも限界になりました。あらゆる市場がコモディティ化する中で、技術革新=イノベーションという考えも通用しなくなっています。既存のビジネスモデルを持続してきた多くの企業にとって「変革」はまったなしの選択です。しかしこれら変革を担う人的資源=リーダーがいない、そんな課題に直面している企業は少なくありません。

しかし端的に言って、リーダー育成に際して、「一定以上の立場の人材は自己啓発で学ぶべし」「教育よりも現存の業務=利益を優先する」という
メンタルモデルを改めない限り、次代を担うリーダーが育てていくことはできません


さて、今回はこの点についてリーダー輩出企業の事例も交えながら考察していきます。


【本記事の主張の要旨】
1.グローバル企業のリーダー育成手法を俯瞰し、次代を担う人材にこそ、強制的に教育を施すべきという考えが、いかに必然的なものであるかを考察します 
2.その上で、リーダー育成に欠けているのは育成に協力的な風土ではなく、人材育成の「構想」が欠けているということを明らかにします
3.最後にリーダーを育成していく上で人事部門には必要不可欠な能力があることを指摘します。

 


 1.次代を担う人材こそ、強制的に教育を施すべき

まずは世界に名立たる企業の人材育成方法を俯瞰します。

Nestlé ネスレ
スイスに本社を構える 世界最大の食品会社であるネスレはユニークなことに日本的な要素を持っており、日本企業が人材育成を考える上でモデル・ケースとして考える上で非常に適している企業の一つでしょう。特に中でもヨーロッパでも突出して長期的な視点で人材育成を考える企業文化を有している点は多くの日本企業に通づるところがあります。現に、大学を卒業しネスレに入社した社員の多くは終身雇用のようにネスレで働き続けています。

日本企業との違いは、ネスレは若い内から人材を複数の国に配属していく、という点です。特に将来性ある人物には、
頻繁に地球規模での異動が課せられ、重要な拠点でのマネジメントを早くから体験させ、難度の高い仕事に取り組ませています。

また、単に様々な経験を積ませるだけではなく、
並行して幹部候補生についてはスイス本国にある国際研修センター「リブレイン」で行われる様々な幹部候補者育成プログラムが用意されています。このプログラムは世界各国からリーダー候補が集められ、複数の日程で企業文化と学習経験を共有し、社内ネットワークを築いていきます(余談ですが、ネスレではこのリブレインを企業内大学ではなく、「Global meeting space/出会いの場」としている点もユニークです)。

これら頻繁な人事異動と育成プログラムには当然ながら大きな投資が必要になるのは言うまでもありません。ネスレの人材育成の根底にあるのは、生まれつきのリーダーは稀であり、多くの人材は多様なキャリアを通して試行錯誤する経験と内省を経てリーダーとして育つという考えなのです。そしてこの経験と内省の機会を長期的な視点で投資をしながら育てていくことで、イノベーションとダイバーシティを牽引するリーダーを輩出し続けています。
(ネスレの事例は
「なぜ、日本企業は「グローバル化」につまづくのか」(ドミニク・デュルハン/高津尚志)に詳述されています)

■GE
GEの人材育成プログラムは世界的に有名です。高い目標を設定する「ストレッチ」、グローバルな人材配置、コーチングとway/valueなどのコンピタンスの強化、そして企業内大学「クロトンビル」。会社としてのパフォーマンス向上と人材育成とを有機的に連動させながら、事業を拡大し続けています。

GEの持続的な成長を支えているのは、世の中の環境変化に合わせて主力事業を変化させ続ける鮮やかな変革力です。(現に今も産業機器事業からエネルギー事業へと主力をシフトさせるべくダイナミックな変革を進めています)
 そしてその根幹となっているのは、多種多様な業態に進出しながらそれぞれの業態でトップ・プレイヤーになることができる、会社の戦略実現を牽引するリーダーです。

さてGEのリーダー育成プログラムはその手法の一つであるワークアウトに代表されるように学習経験を実践と結びつける点にあります。
※ワークアウトとは、
ざっくばらんに話し合われた改善策を、具体的な行動・実践に結び付けるよう制度化したもので、1980年に当時GEの官僚的な風土を改革するために導入されました。

GEのリーダー育成プログラムにもその風土は表れており、新卒入社以降、多種多様なローテーションとバリューの徹底を経て、幹部候補として選出された人材については、一定のトレーニング期間のあと、
例えば不採算事業部のマネージャーとしていきなりアサインし、部門の立て直しや成果を2倍にするなど非常にストレッチな経験を与えます。これらの経験を通して前例に捉われず成果を最大化するための思考をもった若いリーダー候補生を生み出していくのです。

これらワークアウトに加え、今GEが取り組んでいることは8つの行動指針であるバリューの改変、より
グローバル・アントレプレナーシップをもった人材の輩出に向けた幹部候補者育成プログラムの革新です。これはこの数年間で急速に台頭する新興国に対応しきれていないという現CEOのジェフ・イメルトの感じる危機感が起点だと言われています。よりグローバル規模で変化を先読みしビジネスを展開し続けるというGEの基本戦略実現に向けて、より一層幹部候補者育成に力を入れていっているのです。
(GEの取り組みについては様々な書籍で紹介されていますが、「世界で最も賞賛される人事」に詳細に記載されており参考になります)



■サムスン
パナソニック、ソニー、シャープなど、日本を代表する家電メーカーが大きな損失を出して苦しんでいます。そうした日本メーカーの苦戦とは対照的に、韓国のサムスンは好業績を続けています。その好業績の理由は一言で言い表せるものではありませんが、その基本戦略はシンプル―「日本企業が進出していない市場で日本企業に先駆けてシェアを確保すること」というものーでした。

そしてそのために人材育成面で行ってきたこと、それはこれから拡大を目指す地域に地域専門家として幹部候補者を派遣し、一年間生活させます。その一年間は特に会社に出社することも義務付けられません。あくまで言語と文化を学ぶこと、その地域の専門家となることを目的とした育成プログラムなのです。
 そうして地域に通じたリーダーが文化圏・社会的価値観を踏まえ、生活者が欲する商品・マーケティング活動を行うことによって地域ごとに優位なシェアを獲得してきました。つまり、1年間の在住というリーダー育成の投資はサムスンの基本戦略を実現する上で必要不可欠なプログラムなのです。


これらの事例からグローバルに拡大し、成長している企業は、幹部候補者に対して
【強制的に】 
育成のプログラムへ参加させている、ということが見て取れます。単にこれらの企業を模倣すればよい、というものではありませんが少なくともライバルとなる会社がそれだけのことをしてリーダーを育成しようとしているという事実は重く受け止めるべきだと思います。


2.リーダー育成に欠けているのは育成に協力的な風土ではなく、人材育成の「構想」が欠けているということを明らかにします 

このような話を人事担当者様にお話しすると「それらの企業にはそういう文化があるのだろうけれど、うちでは難しい」「当社で導入するには難しい」といった反応が十中八九返ってきます。

ここで、誤解を解いておきたいのは、これら育成の文化・風土は、経営層及びHR部門の長期的な構想をベースにしようとしているからこそ構成されるのであり、決して「元から備わっている」という類のものではない、といううことです。

先述した企業の事例に共通すること、それは会社の戦略を実現するためにリーダー育成に時間をかけることは必然である、ということです。ネスレはイノベーションとダイバーシティによって世界市場でトップシェアを維持したいからこそ、GEは世界的な環境変化を踏まえた事業展開を実現するために、サムスンは世界的にあらゆる地域でトップシェアをとるために、
リーダー育成に時間と莫大な費用をかけています。

その
根底にあるのは会社としての構想=戦略と人事としての戦略です。つまり中・長期的に会社がどのような環境変化をとらえ、どのように成長していくのか?その実現のためにどのような人材が将来必要になるのか?を明確かつ不可分のものとしてとらえている、ということです。

「経営層が人材育成に協力的ではない(利益至上である)」
「現場が人材育成よりも業務を優先しがちである」

嘘かまことかこのような言葉を聞かせていただくことがあります。そしてこの現象を「うちには人材を育てていこう、という風土がない」という曖昧とした問題点にすり替えてしまっている方も少なくありません。しかし、実はこれらの問題はほとんどの場合、
会社としての構想と人材育成の構想が明確に存在していない(もしくはあるにはあるが連携していない)からこそ起きているのです。


3.最後にリーダーを育成していく上で人事部門には必要不可欠な能力があることを指摘します。 

構想が存在している、とはどういうことかというと、経営層から「そんなことをして本当に会社は儲かるのか?成果をどうやって測るのか?」と言われたときや現場から「忙しくてそれどころじゃない。人事は何も現場のことを分かっていないじゃないか」と言われた時に端的かつ情熱的に相手を説得できる状態になっているということでもあります。

人事部門に携わる多くの人にとって残念なことに、人材育成の効果は即座にあらわれるものではありません。費用対効果を問われて言葉に詰まるのはこのためです。では人材育成の中長期的にみた組織にとっての利益について、論理的かつ合理的に人事部門は説明できるでしょうか?人事部門は、今後の環境変化を踏まえ、会社の戦略を踏まえ、人材面からその達成に向けた施策と投資を説明できるでしょうか?

短期的な費用対効果を聞かれてこたえられず、中長期的なビジョンもトップから降りてくるのを待っているのみでは、あまりに受け身的です。組織の中に育成の風土・文化を根付かせるためには、まず人事部門から長期的な構想力を高める必要があります。構想があるからこそ、経営層や現場とのタフな対話が可能になります。なぜ自社で人材育成が必要なのか。リーダーになぜ人材育成が必要なのか。この問いに対する答えを当社ならではの課題を分析しながら明確に持つこと。その解を導き出し、他者に説明できる構想力をもつこと。それなしに「人材育成は企業成長の要」「管理職の役割は人材育成」と一般論を謳っても受け入れられることはないでしょう。

だからこそ筆者は人事部門の担当者こそが経営戦略、財務・会計、マーケティング、マネジメントなどについて学び、活用できるレベルに到達していることが重要だと思います。人事全般のテクニカルなスキルは必要不可欠です。何故ならば構想はあくまで「あるべき像」であり、それだけでは物事を前に進めることはできません。目標に向けて、具体的な打ち手を展開できること(実現力)が必要不可欠です。

こういう人事担当者は「構想力」も「実現力」も持つべし、という考えはそれこそ人事担当者にあるべき論をふっかけている、と言われてもおかしくありません。しかし、全てを人事担当者が力を身につける必要はないとも思うのです。そのために僕ら社外のプロフェッショナルがいるのですから。勿論それらの担当者にも事情があるのは理解していますが、もしその事情が「人事担当者としてどうあるべきか?を知らない」だけであれば、一緒に学んでいきたいと思います。「その手法をしらない。それだけの力がない」だけであれば、時に力になりながら、一緒に成長していきたいと思います。