僕には妄想癖がある。
考えたって意味のない「たられば」を考えるのが、
好きだったりする。
ちなみに、この妄想の内容について
他人に話すことはない。
話題にしたいと思ったこともない。
なんであれば人から「たられば」の話を聞くと、
結構不機嫌になったりする。
ややこしい人や。
年をとればとるほど
現実的なことばかを考えるようになるというか、
やや実益のある話ばかりを考えるようになり、
妄想癖そのものは大分治まってきているわけだけれど。
中学生ぐらいの時なんかは
思春期まっさかりということもあり、
頭の中は相当クールな妄想でいっぱいだった。
なんというか、
統合されきっていない自我と、
覚えたてのエロスへの希求と、
限りない可能性が織り交ざった感じ。
もうあの頃考えていたことは
断片的にしか覚えていないけれど、
ブログとかそういうものをあの頃から書いていれば、
読み返して面白いはずなのに。
もったいないなぁ。
■
僕の中にある結構根強い世界観なんだけど、
パラレルワールドってあるんだろうな、と。
何かしらの指標軸があって、
その軸にそって様々な世界が並行して存在する、と。
昔はその指標軸を時間だと思ってたんだけど。
つまりは、
今、僕はここでこうしている。
きっと同時に自分が知ることのない世界が
どこかにいくつもあって、
そこで僕が僕として存在している世界があると同時に、
僕が僕として存在していない世界がある。
そして僕が僕として存在している世界で、
僕は、今ここでこうしているのとは
全く別のことをやってるはずだ。
的な。
そんな世界観をベースに「あちらの世界」の
自分を妄想したりするのが好きな少年だった。
変態やね。
あの頃、村上春樹とかを読んでいたら、
それこそぶっとんでいたかもしれないな、と思うと
世の中よくできているもんだ。
最近になって
相対性理論とはなんぞや?とか、
量子力学とはなんぞや?とかを
ほんのあらましだけ理解する過程で、
時間という概念を知るほど
決して時間というものが
絶対的な指標ではないということが
分かってきてしまって、
何をもって「パラレル」かというのは結構難しいんだなぁ、
と思うんだけれど、
まぁきっと他に何か指標があるんだよ、
ぐらいに思ってたりする。
ほんと根強い世界観です。
この世界観を僕が好きな理由は、
スピリチュアルなものに興味があるわけでも、
別に変身願望があるわけでも、
逃避願望があるわけでもなくて。
この手の妄想を頭の中で繰り広げて得ることができるのが、
今、目の前にある現実を受容する力だったりするから。
ありのままを受け入れられる力というか。
今、目の前の、
好きな人や好きなものや好きなこと。
どうでもいい人やどうでもいいものやどうでもいいこと。
嫌いな人や嫌いなものや嫌いなこと。
その全て、
自分が主体的に選んできたように思ってしまうけれど、
実は全部向こうからやってきたものなんだな、と思うようになる。
好きな人や物事には全力を尽くせるようになるし、
どうでもいいと思っていた人や物事に対しても価値が見出せるようになるし、
嫌いな人や物事にも、率直に向き合えるようになる。
あちらの世界の自分に自慢してやりたくなるわけです。
全部俺のや、ええやろ?と。
今日は大阪への日帰り出張。
じっくり新幹線の中で、
妄想して帰ろうと思います(笑)
すぐに寝ちゃうかもだけど。