クレオパトラの鼻が少しでも低ければ、世界のありようは全く異なったものになっていた。
そう述べたのはブレーズ・パスカル。
この名言が名言たる所以は、些細な要因が巨大な結果として顕れることがあるという事実を彼が理解し指摘しているからだ。
これを指数関数的不安定性と呼ぶらしい。
ある事象が生み出した影響は、もし仮に何の妨害もなければ3日間で2倍になる。
つまり一年経った頃には【2の百乗】倍になる。
理論上は、誰かがついたため息が台風になることもありうるということだ。
実際には様々な要因がそれぞれに生み出す影響で相殺し合うわけだが、
組み合わせによってはお互いに支え合い、
融合し、他を巻き込み、
指数関数的に巨大になる。
これらはあまりに多くの要因によって影響を受けるので、
考慮すべき情報は多すぎるし、よしんば集めきれたとしても処理しきれない。
だからこそ一年後どころか一週間後の天気すら正確に把握することができないのだ。
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これって非常に興味深い。
何も、
ひょっとすると今日やったことが将来めちゃくちゃでかくなるかもしれない、
意味のないことなんて何もないんだ、
と言いたいわけじゃない。
(勿論否定もしないが)
やはり人間社会も、そこに関係する要因分(人、または人の集まりそのもの)の影響が犇めいている。
誰かが起こした小さなうねりがそのまま大きくなることは残念ながら殆どありえない。
ある著名な気象学者がたどり着いた答えは、
気象のの動きを予測することはやはり不可能だ。あるいは気象を操作することの方が容易なのではないか、というものだった。
一人が起こしたアクションでは何も変わらずに掻き消されるだけであったとしても、
人が集まり、
予め仕組まれたシステムが作用し、
ある一定以上のインパクトを起こすことが出来れば、
掻き消されずにそのインパクトが継続して存在し続ければ、
あるタイミングから指数関数的に巨大化し、
いずれは社会を変え得る。
その結末は予想できないけれど、
ある程度操作することは出来る。
組織においてはそういった操作的な役割が、
理念や行動指針やビジョンとして存在しているのかもね。
世界を変えるなら、そのインパクトははじめから大きいものであることか求められる。
以上が僕がそのように信じる一つの背景。