子供の頃『眠る』のが怖くなかった?
僕は『怖かった』『二度と目が覚めない』
のではないか?という『怖れ』。
寝ても覚めても『寝てるのか起きているのか』
分からない時もあった。
生まれた瞬間は『肉体を持って初めての覚醒』
生まれる前の記憶があっても表現出来ない。
表現出来る様になる頃には『忘れる』。
実によく出来た『システム』。
『頭(頭脳)』『心』『本心(魂)』が
バラバラでリンクしていないから不安定で
『アンバランス』な時期が長い。
周りも『不安定な人』ばかり。
だから『当たり前』だと思っていた。
中には『違和感』から『思い出し』『気付き』
によって『魂(本心)』が目覚める。
自分に『感情をぶつけて来る人』は『鏡』だと
分かる様になる。
『自分自身の投影』だと。
気付いたら『この人は自分で自分に言っている』
だけなんだな。って理解し始める。
『感情はコントロールするモノじゃない』
『全て自分に対する気付きのキッカケ』にしか
なっていなかった。
感情で暴走する事なく、責任転嫁する事なく
『自分で自分の機嫌を取れる』
自分の人生の操縦権を取り戻す領域に入れる。
まさに『自分の人生の主役そのもの』になる。
『脚本』も書き換え、思うままに生きられる。
どれも『望んでいた通り』だった。
『なんとなく、そんな気がしていた』
そんな感覚。
まるで、決まっていた、なんとなく思っていた通りに。
自分で決めていたんだ。と、思う人もあれば、違うと
思う人もいる。
どちらも『決まっていた』物語の一部である。
過去の経験を振り返ると『思い当たる節』がある。
忘れていただけである。
『人生の脚本』を意識して振り返り、思い出してみると
繋がる部分がある筈なのだ。
『デジャブ』を感じる時も『そう』なのである。
『予感』がら働く時もあれば、サプライズの如く
突然やってくる事もある。
それも『脚本』通りなのだ。
聡明な『あなた』なら気付いていたかも知れない。
でも『まさか』って『消してしまう』のも『脚本』に
従っただけだとしたら?
『主導権』は『自分自身』ではなかった『自分の人生』
ところが、やっと『自分の人生の主導権を取り戻す』
事が出来る『刻(とき)』が、やってきたのである。
本来は誰もが持っている感覚で、『違和感』
気のせいではなく『正しかった』感覚だった
のだと『認識出来る刻(とき)』が、待ち望んで
いた『刻(とき)』が、やってきた。
気づいてしまえば生きる重さがひとつ軽くなる。
意識とのズレ、歩んできた選択の理由、
繰り返してきたパターン。
そのすべてに、一つの筋が通る。
『仕組み』と『構造』と『秘密』を理解したら
『投影』されている“モノ” “幻想”だと
『認知』するようになれる。
表と裏、舞台と楽屋。そのあわいに流れる
“もう1つのシナリオ”を読み解く。
人が自分の人生で“配役を見失った”とき、台本を
照らし、舞台の構造を整え、演技を刷新する。
その三位一体を体系化した
「ファンタジスタ神芝居メソッド」
・世界観の再構築
・台本(役割)の再定義
・人生舞台のスクリーン設計
・演技(行動)の最適化
心のざわつきは“役割のズレ”のサイン。
感じ取れる者だけ、次のステージへ。
必要な人にだけ届けばいい。
けれど届いた者の人生は確実に動き出す。







