お客を大事にする考え方が広まるのはいいが、最近はいろんな場面で「そこまでやらなくてもいいよ」というケースに出くわす。何でも過剰なくらいにやればお客は満足する、ということかも知れないが、へそまがりのせいか逆に傲慢な感じを持つことがある。
ケーキ屋でのこと。注文したケーキが箱に並び、お金を払い、さあ箱を受けとろうとしたとき、ショーケースの向こう側にいた若い女性店員が素直に渡さないのだ。一瞬あれっ、と思ったら店員はケーキの箱を手に持ってわざわざぐるっと陳列棚を回り、私の目の前までやってきて商品を渡すのだった。サービスとしてマニュアル化されているのだろうが、こちらとしては上から手渡してくれても全く問題はなかった。というより、「やりすぎ」というのが感想だった。
同じことがその1年後くらい、何と(とあえて言うが)、焼き鳥屋で起こった。焼き鳥屋といってもスーパーマーケットの前に店を出している屋台である。スーパーでの買い物の前に6本注文し帰りがけに720円を払った。若いおにいさんが「ハイよ」と言って火の上を通して渡してくれると思ったら、違った。ケーキ屋と同じように袋を持って外に出てわざわざ目の前に来て渡したのだ。あいまいに「あ、どうも」と言ったが、かなり面食らった。ここまできたか、という感想である。
似たようなサービスで「おっ!」と思ったのは数年前のトンカツ屋だった。注文を取りにきた男性店員が「お決まりでしょうか」といいながら腰をかがめたのだ。陸上のスタートのクラウチングスタイルで手をつかない形になり注文を聞いていた。立ったままだと上から目線になるので、お客と同じ高さになるように腰を屈めたのはすぐ分かったが、初めて見たのでそんなに丁寧にしなくていいよと思ったものだ。
どうもこのあたりから、いろんな業界が「過剰」で「やりすぎ」のサービスに走ったように思う。二十代のウチの娘たちに聞いたら、今はそれが普通だしお客の中にサービスを要求する人が多いから仕方ないよ、と言っていた。確かに、競争の激しい業界でお客を取り合うのだから分からないではないが、サービスの基本を踏まえずに形だけが過剰になるのは賛成できない。サービスの基本は「良い商品を提供すること」「店員は商品知識を身につけ、誠意ある態度・物腰に徹すること」だと思っている。その上でミスがあったら潔く謝ればいい。
形は大事だが中身はもっと大事だ。だいぶ前(セルフが普及する前)にガソリンスタンドの店員が、給油の終わった車が店から出るとき、その車が見えなくなるまで深々と頭を下げるサービスをやっていた。あるとき私はバックミラーで、店員たちがいつまで頭を下げているのか観察してみた。直線なので大変だろうなと思ったのだ。そしたら二人の若い男子店員は、途中から頭を下げたままでじゃんけんをして遊びだした。笑顔で楽しそうだった。ばっちり見てしまった。形だけ入れるからこうなる。頭は100メートルくらい下げっぱなしだったがいい気持はしなかった。元気良く挨拶をして車を送り出し次の仕事に移った方がよっぽどいいと思った。今、店員が給油してくれる店でこの「サービス」を続けているのはおそらく、ない。その程度のものだったのだ。
上に書いた二つのサービスも形だけ追求していたらいずれ形骸化すると思う。きょうの新聞にこんな川柳が載っていた。
「JR 2分遅れの詫びくどい」 (10/30毎日新聞・万能川柳)
☆ブログの中身とちょっと関係ある今日の575
外交員 契約済むと 別人に
(家を買ったときの住宅会社の営業の人。
この句は新聞川柳に採用された。)
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