クリスマスに出逢ってしまった。
アコースティックギター2本、
エレキギター2本、
未来に再会したい3本。
一本目のマーティンは
心から身体の一部のように
安心する。自分を表す。
2本目はテイラーのカスタムモデルでとっても珍しい木材で
店員さんも聞いたことない木材で
聴いたことのない
やさしい清らかな聖なる音。
十字架がトップのヘッドの一番上に描かれている。
指板のインレイも綺麗で
ボディのトップも裏も
白く美しい、ギターに身を委ねる前にお祈りしないと
決して良い音は出ず、讃美するために生まれたギターが
(なぜ、わたしが通うショップにあるのだろう)と思う。
聖霊に満たされてから弾き始める感覚だ。
店員さんは
「日本人向きじゃ無いギターは売れ残り、流させます。」
っていうけど、
わたしがいいなぁと思うギターはそんなものばかりだ。
フェンダーのエレキギターを見て
自分の分身に思えるオーラが見えるもの。
そして、女房のようにやさしい雰囲気に見えたもの。
どれも昔に夢で見たギター達で
ターニングポイントになる機会だと思った。
この中で、2本か3本、
いつの日か、再会して手にしたい。
本当はすぐでも手に入れて感性を磨き育ててもらいたい。
今、本当に必要なのは、
十字架のヘッドの讃美するためのギターだろう。
日本において、
讃美するためのギターがほかの色に染まってしまう、けど、
事実、、、
今は、どれも手に入れる事はできない。
アコギは両方とも、一本で約70万はする。
エレキも一本で20万以上はする。
今は
ただ自分は、未来に弾くための感覚を養っていることしかできない。
(購入を検討するためにギターショップに行くのではもう無い、
感覚を養うためとギターの個性を知るためにっと
良いものに出逢っても購入したい)
と思わなくなっていたのに。
けど、今、ふっと頭に浮かんできて
{やっぱり、ずっと弾いていたい。}っって
自分のギターを弾きながら思い出してしまう。
マーティンとテイラーの音と感覚が鮮明に残っている。
エレキギターは弾いていない。
見た時に個性やオーラを感じた。呼んでいるのかはわからない。
けど、雰囲気を人のように感じるものはいつも良いものばかりだ。