昨年、映画『国宝』を観た後に買っておいた原作の『国宝』ついに読みました。絶対面白いとは思ってましたが、想像以上の面白さでした。
映画で描かれているのは、ほんの一部で、その陰には、いいことも悪いことも沢山あったことがわかりました。それもそのはず。原作では、主人公喜久雄の中学生時代から還暦過ぎまでを描いているので、3時間の映画に収まるはずがないですよね。
原作と映画で違うところもありましたが、映画も本当に素晴らしかったですね。私は2回観ました。原作を読み終わった今、また観たい気持ちになってます。Amazonプライムで観られるそうですが、私、アマプラは退会しちゃったので残念。
さて、本の感想をば。
1️⃣地の文が「◯◯◯でございます。」となっていて、ナレーション風でいいのでございます(笑)冒頭の長崎の乱闘シーンでは、スローモーションのように細かく描写されて、芝居の立ち回りを思い浮かべました。
2️⃣映画では最初の長崎の場面でしか出てこない徳次が、原作では、大阪、東京とずっと喜久雄について行き、喜久雄が40歳くらいまではずっと一緒です。
徳次は、側にいて常に喜久雄を守り助け、度々尻ぬぐいもします。付き人であり、兄のようでも親友のようでもあり。一番ぴったりな表現は、徳次本人が後に語るように、徳次は弁慶。義経である喜久雄を常に守っていたのです。
元々喜久雄は、立花組のぼんぼん。徳次は、立花組にお世話になっている立場だったので、主従関係ではあったのですが、組が解散しても、喜久雄にとことん尽くします。
喜久雄の娘を救うために指を詰めたり、喜久雄のためなら人をころすと言ったり、言うことやることは物騒ですが、ホントに情の厚い男で、読んでいて胸が熱くなります。(徳次に惚れてまうわーと私何度言ったことか。)
3️⃣この小説の主要な登場人物、喜久雄、俊ぼん、春江、喜久雄の母マツ(実は継母)、俊ぼんの父二代目半二郎と母幸子(実は俊ぼんの継母)、皆情が厚く、人を大切にします。
家族を大切にするのは当たり前ですが、俊ぼんの両親は、芸養子にした喜久雄のことも本当に大事にしてくれます。映画では、母幸子は喜久雄にきつい言葉を掛ける場面が多かったような印象ですが、原作では、喜久雄を息子のように大事に思っているのがよくわかります。
二代目半二郎も、喜久雄に芸では厳しいですが、常に温かい言葉を掛けていました。そして、喜久雄も自分の母マツのことは勿論、二代目半二郎と幸子のことも自分の親と思って、生涯大切にします。
そして、喜久雄の娘綾乃が、どん底に堕ちたときには春江が自ら救いの手を差し伸べ、俊ぼんが病気になってからは、喜久雄が俊ぼんの息子一豊を預かり、芸を仕込みます。
4️⃣喜久雄と俊ぼんと春江。春江は、長崎から喜久雄を追っかけて来た喜久雄の元恋人なのですが、後に俊ぼんと結婚します。この3人の関係が実に不思議で、ずっと一緒にいるわけでもなく、連絡を取り合わない時期もあるのですが、いつも心が繋がっていて、お互いが大切な存在。
喜久雄と俊ぼんと春江は、ソウルメイトなんだと思います。3人は、魂レベルで繋がっているので、春江は、喜久雄と結婚しても俊ぼんと結婚しても、どっちでもよかったんだと思います。
ただ俊ぼんの方が辛かったというか、弱かったというか、春江を必要としたんですよね。春江は、芯の強い女性で、俊ぼんに何度も訪れるどん底の時も絶望の時も、常に力強く支えます。
5️⃣原作のラストは、映画とは全然違うもので驚きました。でも、芸を突き詰めていくとこうなっちゃうのかなと。芸が上手くなって、日本一の役者になれるなら、他は何もいらないと悪魔と取り引きした喜久雄ですからね。
最後の演目は、『阿古屋』でした。昨年観た玉三郎さんの『阿古屋』を思い出します。舞台上で、玉三郎さんが三味線、琴、胡弓を演奏するのですが、特に胡弓が圧巻で、息もせずに聴き入りました。あれは、女形のもしかしたら最難関かも知れませんね。
⭐️まとめ⭐️
映画を観た時は、吉沢亮と横浜流星の演技に圧倒され「芸か血か」というテーマと、喜久雄と俊ぼんの壮絶な人生に惹きつけられました。
原作を読み終わった今は、裏にまだまだ映画では語られなかった壮絶な事件があったことに驚き、でも、それを乗り越える人間関係の濃さ、情の厚さ、3人の不思議な縁などに心惹かれております。
勿論本を読んでいる間中、喜久雄が出てくれば吉沢亮、春江が出てくれば高畑充希と、役者さんの顔が浮かんでおりました。大人になった徳次は映画に出てこなかったので、徳次を誰に演じてもらうかを考えるのはこれからの楽しみです。