空から零れ落ちる水滴。
 人は何故、それを雨と呼ぶのだろうか。デパートの屋上で、灰色めいた雲にそう問い掛けた。答えは返って来ないが、雨に降られているこの退屈な時間が、私は何となく好きだ。

 雨宿りのひと時。

 私とベンチを共有する椎名は、紙コップの紅茶に自らの顔を浮かべて、憂鬱な溜め息を漏らした。漆黒の巻髪の向こうに覗く憂いを帯びた彼女の横顔が、ほんの少しだけ色っぽい。彼女は黙っていれば、モテるタイプだろう。そういえば、間宮もそんなタイプだ。これは私の偏見のような気もするが……。
 二人とも大人しくしていれば、可愛いのだ。大人しくしていれば。


「斎藤」

「何?」

「間宮京子のこと、お話してあげましょうか」

「別に。興味ない」

「い……、いいからお聞きなさい。この私自らが、教えて差し上げると言っているのですよ、斎藤咲枝」


 それは君が退屈なだけだろう。その一言を呑み込んで、時間を持て余していた私は彼女に無言を傾けた。
 それにしても、彼女は間宮京子という人間を何処まで知っているのだろう。確かに、間宮と同じクラスになるまで、私は彼女のことを全く知らなかった。それまでクラスが違ったとは言え、あれだけのトラブルメイカーの存在を知らなかったなんて、今から考えれば不思議な話だ。


「間宮京子がああなったのは、進級してからですの。それまでの彼女はクラスでも目立たない方で、正直、浮いてましたわ」

「今でも浮いてると思うけど」

「それは……。そうですわね。ですけど、今とは別人みたいでしたの。私も苦労しましたわ。何を聞いても、別に……って無愛想で」

「何で間宮と? 椎名なら話し相手くらいで苦労しないだろ」

「私は、喧嘩相手が欲しかったのです。私に寄ってくる方々は甘い蜜にしか興味のない方が大半ですの。確かに、財閥の令嬢なのですから当然の悩みではあるのですけれど」


 幸福のカタチはどれも似通っているが、千の不幸には千のカタチが存在するという。
 どんな境遇にあっても、不幸を持たない人間はいない。そう考えれば、神という存在は本当に意地悪だ。しかし、幸福でありたいという心が不幸を生むのであって、幸福という概念が存在しなければ不幸だって存在しない。
 結局、欲望を断ち切れない私たちの中には、幸福と不幸が常に混沌と渦巻いている。


「間宮京子なら何でも言い合えると思いましたの」

「何で間宮なんだ?」

「私の目を見て話すのは彼女くらいですわ」


 そう言えば間宮京子は、誰に対しても間宮京子だった。


「おい。昔話はそこまでにしてくれ」

「あら、いいじゃございませんこと。あなたは謎が多すぎますのよ」

「名探偵には何かしらの秘密があるものだ。いや、そうあるべきなのだ。そうじゃないか?」

「行くって何処に?」

「答えてくれてもいいじゃないか……。まあ、情報提供者が見つかったんだ」

「この雨の中、私を歩かせるつもりですか? 間宮京子。あなた、夜道に注意しなさいよ」

「物騒なこと言わないでくれ。それに私は歩いて行くとは言ってないぞ」


 彼女の言葉の意味はすぐに理解できた。エントランスの脇で暫く待っていると、轟音と共に一台のレトロなスポーツカーがエントランスに乗りつけ、女性が颯爽と降り立った。

 神楽坂唯。
 淵神署の刑事。肩書きはそれなりに威風があるのだが。


「あ、京子ちゃーん! 迎えに来ましたよー。あ、咲枝ちゃんもいたんですね、お久しぶりですぅー」


 目一杯の笑顔で無邪気に彼女は手を振る。完全に名前負けしている点は否めない。
 彼女が情報提供者か。
 小雨へと変わり始めた夕立の中をを切り裂き、私たちを載せた白いフェアレディは更に加速していく。





 Dress up Girl
 自称シャーロック・ホームズの事件簿





 To be continue...