冬の公園


    

息子が一歳を過ぎた頃だった


外は寒々しく

澄んだ空気に

包まれた昼下がりのこと


おんも!おんも!

手招きして

おいで👐おいで👐と

私を呼ぶ


一番初めに覚えた身振りは

〝おいで〟

一番初めに覚えた言葉は

〝テッテ〟(teto)


子供は母親を実に

よく観察しているのだと

改めて実感した瞬間だった



tetoは息子の

〝おんも〟をお散歩と

認識したようで玄関へと一目散


待ち切れぬ様子で

キュイーンと喉を鳴らし

お座りしながら

待っている





    


時折

空っ風が吹き抜ける

公園は

産後の肥立ちが芳しく無い

私には堪えるな…

そんな事を思っていると


クスクス…クスクス…

息子が何やら

笑っている



人ひとり居ない公園で

枯れ葉だけが

ただ風に

舞う光景を


それは楽しそうに

クスクス笑う



嗚呼…子供って

なんて無垢なのだろう



母になり

君の姿に初めて

見た

感じた


それは遥かさだった








    

ヨチヨチ歩きの息子


その足で大地を踏みしめ

一歩、ニ歩…

ゆっくりと重心を両手で

とりながら

鳩を追っていく


そのクスクスは次第に

ケタケタに変わっていく



陽だまりを見つけ

腰をおとし

いつも微笑むかのような

柔和な表情で

私たちを

見つめていたteto







父の推し


    

80歳を越えても

古本屋から仕入れた何冊もの

単行本を読み

新聞に隈無く

目を通していた父


一冊の本を読み終えた後

互いの感想を交換するのだが

書き手の文脈も構造も

私などより深く捉えていて

読解力では到底かなわなかった



そんな読書好きな父の勧めで

学生時代に読みあさった

アガサ・クリスティ


〝人にとっての悲劇は

変われない事だ〟

名言が有るが


チャールズ・チャップリン

こうも言っている


〝人生は近くで見れば悲劇だが、遠くから見れば喜劇だ〟



tetoを失ったこと

私にとっては

最大の悲劇かもしれない


けれど

失ってから始まる物語りが

人にはある



そこに傷があろうとも


涙を落とそうとも


感情湧き上がり


思いほとばしり


忘れぬかぎり


 

tetoはエンドレス



変わらなくていい


変わらぬことが


きっと





私の喜劇