先月の東北・岩手の水害で被災された皆さまに心よりお見舞い申し上げます。


2015年9月10日は私にとっては忘れられない日です。


私の地元 茨城県常総市は市の南北を流れる鬼怒川の溢水、堤防決壊で市のほぼ半分が水に浸かり、約6500棟の住宅が浸水する被害に遭いました。(関東・東北豪雨災害)


それまでの私は、いろんな意味で環境依存的な生活を送っていました。

すでにアデプトにはなっていたし、その次の学びにも着手していました。

どこかで「こんなことをしているのだから、私の身には何も起こらない。守られる」という気持ちでいました。


その一方で、私はフルタイムの保育士として働き、仕事を任され忙しいながらもそういう日々の繰り返しでも幸せ!と思いながら生活していました


ところが…その日をきっかけに強制的に私の概念は木っ端みじんに崩壊させられてしまいました。


私の地区は、テレビで中継された決壊したところより上流で、決壊ではなく溢水だったので(それでも道路は2メートル近く浸水、母屋は床上1メートル浸水)

下流の地区のように数日水に浸るということもなく、その日のうちに水が引いて次の日には後片付けに取り掛かることが出来ました。


もちろん住むまでにはひと月以上かかりましたが。


仕事は長期で休職し、毎日毎日後片付け。それでもすぐに駆け付けて下さった親戚、主人のお友達たち、私の同僚の方たちの協力は本当に有り難かったです。


片付けが終わると今度は床板をはがして、床下に入り込んだ泥を取り除いて床下を乾燥させる作業に。この時は全国から集まったボランティアの方たちが床下にもぐって泥かきをして下さいました。


洪水は水の浄化といいますが、洪水は何もかも流されてくるので不潔で、合板の家具や扉はベロベロにはがれ、膨張し使えなくなってしまいます。

壁のなかの断熱材も水を吸い込むのでそのままだとかびてしまいます。

壁もはがして断熱材も交換しなくてはなりません。


私は気が張って感情もどこかに追いやって踏ん張っていましたが、こんな状況の時は尚のこと、人様の温かさが身にしみて感謝の気持ちで泣きました。


洪水被害は、限定的な地域の被害なので近隣の市に行けば、必要なものは手に入りましたが、被災後すぐは、有り難いものはお金ではなくて食料と片付けに必要な道具類でした。


家が流されてしまった方、引っ越しを余儀なくされた方、家業をたたまざるを得なくなった方、大切な家族を亡くされた方…ほんとうに大変な思いをされた方がたくさんいます。

一年経った今でもまだ戻れない方もいるということです。



水害は起こってしまいました。時計の針を逆戻りさせることは出来ません。

確かに、騒がれているように行政の不手際や怠慢もあったかもしれません。

「元通りにしてくれないと納得しない、許せない!」では、きっとずっと許せないまま、怒ったままで生きることになってしまうと思います。


もっと大事なのは、なんなのか…。あるものは当たり前ではないということに気がつければ幸いだし、なかったと思っていたものが実はあったと気づけたらほんとうに気持ちが安らぎます。


この一年で…私の地域でアデプトさんが7人増えました。これもなにか大きい変化かもしれないと思ってます。


私もそれまでのフルの仕事を辞めて、今の生活スタイルに移行しました。まだまだ改善の余地はたっぷりありますが、心に余裕が増えたことが一番の変化かもしれません。


地球規模で気候変動が激しくなってきている中、いつどこで自然災害が起こるかわからず、いつ被災する側になるかもわかりません。


私達にできることは、困難のなかにいる方たちに手を差し伸べること、元気づけること、心を寄せることです。


今回の岩手、北海道の被災地の早い復興を心よりお祈りしております。