渡邉財閥のご主人様が亡くなり、一人娘の理佐お嬢様が若くして当主となって、その渡邉財閥でメイドをしている私、平手友梨奈。
保護施設で育った私を亡くなったご主人様と奥様が6歳の頃にこの渡邉家の豪邸に連れて来て、私は理佐様と2つ違い。
理佐様は姉のような存在で、ご主人様と奥様も同じようによく可愛がってもらっていたが、理佐様はこれがまた我儘お嬢様だった。
気に入らないメイドをご主人様に言って解雇にしたり、不味いお食事もひっくり返すわで、それはもう他のメイド達は手を焼いていた。
今ではしっかりとした渡邉財閥のご主人様になられたけど。
私はというと渡邉家とは血が繋がっていない為、自らメイドという道を選んだ。
今宵も執事の堂島さんにドアをコンコンと叩かれて名前を呼ばれ、パジャマ姿のまま理佐様の部屋の扉を叩く。
「入って」
「失礼致します」
扉を開けて中に入ると天蓋のベッドに理佐様は横たわっていた。
「友梨奈、眠れない」
「...添い寝ですか」
「うん。早く来て」
「分かりました」
溜め息を吐いて、理佐様のベッドに座る。
「今溜め息吐いたでしょ。...髪撫でて」
「分かりました」
奥様は理佐様が14歳、私が12歳の時に亡くなってしまって、その奥様を思い出すと必ず私を呼んで添い寝を頼まれる。
「友梨奈...なんか話して」
「ある日、おばあさんは、」
「それ桃太郎。何回も聞いた。ていうか何でいつも童話なの。私もう20なんだけど」
睨む理佐様に私は平然としていた。
「じゃあよしよし」
「犬じゃない」
「...理佐様、我儘ですね」
理佐様は腰に抱きついてきて私は髪を優しく撫で続ける。
「友梨奈は誰のもの?」
「ご主人様のものです」
「友梨奈、ご主人様ってやめて。理佐って呼んで」
「分かりました、理佐様」
「友梨奈」
「...なんですか?」
「友梨奈は私の妹。分かってる?様も敬語もやめて」
「それは出来ません。メイドとご主人様の関係ですから」
「じゃあ隣に寝て」
ルームシューズを脱いで私は理佐様の隣に寝そべると自然と腕枕の体勢になって理佐様は胸に顔を埋める。
「理佐様...また奥様のこと、思い出してしまったのですか?」
「...夢でね」
理佐様は私の服をぎゅっと握りしめて、私は背中に腕をまわした。
普段他の人には見せない顔を理佐様は私にだけは見せる。
本当は弱くて脆い繊細な理佐様。
そんな理佐様を、私はなにも言わずに抱きしめた。
「友梨奈...」
「理佐様...私が側にいます...」
「そうじゃなきゃ困る...」
理佐様が眠れるまでぽんぽんと優しく背中を叩いて髪に顔を埋める。
しばらくして寝息が聞こえてきて、理佐様からそっと離れようとすると服をぎゅっと握られたままで取るに取れず、諦めて理佐様をまた抱きしめて、メイドの私なんかとは違う良い香りのする髪の匂いに鼻先を埋めて目を閉じ、いつの間にか私も眠ってしまった。
ーーーーーー
「友梨奈!!」
朝、大きな声で名前を呼ばれ、目を開けると家政婦長が物凄い勢いで布団を捲って睨みを利かせていて、私は何事かと目を擦りながら起き上がった。
「ご主人様の部屋でなんでお前が寝ているんだい!」
「...すみません」
「罰としてご主人様のお部屋の掃除と洗濯機を使わずに外での洗濯物と全ての掃除、お前が一人でやりな!!」
「...分かりました」
ルームシューズを履いてベッドから下りると、一旦自分の部屋に戻って新しいメイド服と頭に白いカチューシャを着けて言われるがまま、理佐様のお部屋と真冬の寒い中外で一人、凍える手で洗濯物を洗っていた。
手は冷たい水で真っ赤で感覚がなくて、指先も水仕事でがさがさな上にぱっくり割れてしまっていて、痛くてそれでも文句を言わずに洗って屋上まで運ぶと物干し竿に干して、渡り廊下を隅々までモップで掃除をしていると他のメイド達がクスクスと私を見て笑っている。
「ご主人様からご寵愛を受けているからこんなことになるのよ...」
「今日もご主人様の部屋で眠って居たらしいわよ」
「...」
「メイドの立場を何だと思っているのかしらね」
私に聞こえるようにわざとひそひそ話をしていて、その中の一人がバケツをわざと足で蹴って渡り廊下を水浸しにした。
「あら、こんなところにバケツがあったのね。ごめんなさいねぇ」
「...」
なにも言わずに水浸しになった渡り廊下を拭いていると理佐様と堂島さんが社長室から出て来て、他のメイドは慌てて何処かに逃げて行き、理佐様が私を見つめると、私は一礼する。
「...他のメイド達はどうしたの?」
「ご主人様おはよう御座います。...他の方々はそれぞれの部屋のお掃除をしております」
「そう。ちょっと調べものがあるから部屋に戻ってるね」
そう言って堂島さんと共にその場を去っていった。
陰湿ないじめにもなにも言わずに、濡れた床をモップで淡々と拭いているとしばらくして理佐様が戻ってきて私を見つめた。
「友梨奈」
「ご主人様、何でしょうか」
「...この床が水浸しになったのはどうして?」
「私が躓いてバケツをひっくり返してしまったんです」
「ふーん...他のメイド達は?」
「まだお部屋のお掃除でもしているのではないでしょうか」
「...この渡り廊下を一人でやってるの?」
「はい。皆さんお忙しいみたいで」
「...こんなに広い渡り廊下を一人で出来る訳がないじゃない」
「...」
「...友梨奈、手、見せて」
「大丈夫です。それよりもご主人様、」
「いいから見せて」
手を取られて理佐様は私の手を見ると声を張り上げた。
「家政婦長は何処にいるの!!」
少し遅れて顔を引き攣らせながら笑顔で家政婦長が理佐様の前に立って一礼する。
「如何致しましたでしょうか」
理佐様は私の手を家政婦長に見せた。
「どういうこと。友梨奈のこの赤くて痛々しい手は」
「せ、洗濯機で洗ってと申し上げたのですが洗濯板で洗うとおっしゃっ、」
「嘘。こんな寒い中洗う訳ないじゃない」
「でも、どうしてもやりた、」
「じゃあ自分がやれば?」
「え...あの...」
「まだシーツはあるでしょ。それ全部洗いなさい」
「っ....」
「やらないとクビよ」
「...承知致しました...」
理佐様は私の手を握って自室に私を入れるとベッドに座らせ、メイドを呼んで軟膏と絆創膏を持って来させた。
「綺麗な手がこんなになって...」
「大丈夫ですよ。慣れてますから」
「慣れちゃだめなの」
軟膏を手に取ると私の両手に優しく塗っていく。
「しみる?」
「大丈夫です。ありがとうございます」
「友梨奈は私の妹なの。だからお礼なんていらない」
絆創膏を貼って塗り終え、自分の手を見つめていると急に理佐様がベッドに私を押し倒した。
「理佐様?」
「...友梨奈...」
鼻先が触れると突然唇にキスをされた。
呆然としている私に理佐様は親指で頬を撫でて切ない顔を浮かべる。
「気付いてあげられなくてごめん」
「...理佐様...今...私に...」
「...あ、ごめんっ!」
すぐ離れた理佐様に、私は自分の唇を押さえた。
「ご、ごめん...」
「...大丈夫です...」
ご主人様、いや、理佐様から口付けを受けるなんて思ってもみずに私は顔から火が出そうなくらい真っ赤になってるのが分かる。
起き上がって、理佐様を見つめると背中を向けて机の上に手を置いていた。
「...友梨奈、しばらく私は海外出張するから付いてきて」
「...え...?」
「友梨奈一人にしておけないから」
「私なら大丈、」
「良いから付いてきて」
「...分かりました...」
「明日から行くから、準備しておいて」
「はい...失礼致しました」
理佐様に一礼して部屋を出ると、理佐は顔を真っ赤にして唇に触れる。
(無意識のうちにやってしまった...)
キスをした理佐はしばらく俯いたまま固まっていた。
ーーーーーー
私は自分の部屋に戻ると、重なった唇が忘れられずにベッドに座った。
(理佐様にキスされた...)
思い出すだけで頬が紅潮して、しばらく呆然としていた。
(私、理佐様のこと...)
キスをされたことは嫌じゃなかった。
でも立場上、ご主人様とメイドだという足枷があってそれ以上のことはなにもしてはいけないと思ってるとドアをノックされて動揺しながら返事をする。
「友梨奈様、ご主人様からキャリーケースをお持ちしました」
「ぁ、ありがとうございます」
堂島さんからキャリーケースを受け取るとドアを閉めた。
そしてその中に必要最低限の物を詰めてベッド傍に置き、気を取り直して仕事へと向かった。
ーーーーーー
朝、携帯のアラームを止めて眠たい目を擦りながら起き上がって、メイド服ではなく私服に着替えてキャリーケースを持って部屋を出るとちょうど堂島さんがやってきて私を見て微笑む。
「もうご主人様はお待ちになっていますよ」
「あ、すみません!」
慌ててキャリーケースを引いて堂島さんと共に玄関先で待っていた理佐様に一礼した。
「遅くなって申し訳ありませんっ」
「ふふっ、いいよ」
厚手のコートのポケットに手を入れてパンツルックスタイルでいた理佐様は微笑む。
「じゃあ、行こう」
「はい」
堂島さんが私と理佐様のキャリーケースを受け取ってメイド達がずらりと並んで「ご主人様、行ってらっしゃいませ」と頭下げてお見送りするのを私もやってるのになぁ、と他人事のように思いながら玄関を出て、大きな門が開くと同時に横付けされていた車に乗り込む。
堂島さんはトランクにキャリーケースを入れて助手席に乗ると車がゆっくりと動き出す。
久しぶりに見た街の景色を見つめていると、急に理佐様が私の手を握ってきて、一瞬ドキッとした。
私はなにも言えずに俯いていると理佐様がそんな私を見て笑う。
「友梨奈、緊張してる?」
「はい...」
「ふふっ、可愛い」
(昨日のキスは...冗談...?)
気にしていない素振りの理佐様に少し残念に思いながら。
(残念...?)
どうして残念なの?
自分に自問自答していると空港に着き、あれやこれやと目まぐるしく、飛行機に乗って眠っているといつの間にかアメリカに着いていた。
高級なホテルに着くと受付の外国人の女性と理佐様が流暢に話しているのをぼーっと見つめながらその場に立ち尽くしていると、ここで働いている制服を着た男性が私に話しかけてきて、理佐様と私のキャリーケースを受け取って先にエレベーターに乗って行ってしまった。
話が終わると理佐様は私を見つめて微笑む。
「友梨奈、おいで」
「っ、はい」
慌てて理佐様の後を追い、もう一つのエレベーターに乗った。
最上階に着くと廊下を歩いて先程の男性が部屋の前に立ち止まっていて、理佐様がキーカードを挿すと扉を開ける。
「先に入って」
「はい」
男性が私達のキャリーケースを中に入ると理佐様はチップを渡していて、男性は微笑んで頭を下げて部屋から出て行き、辺り一面アメリカの街が展望できる部屋に私はまるで夢を見ているかのような感覚に陥った。
「どう?友梨奈、この部屋は」
「すごく良いですね。それにベッドが大き、」
待って。
ベッド一つしかないじゃない。
しかもこれ、キングサイズ。
「...ベッドが一つしかないの...不安?」
ニヤッと口角を上げて微笑む理佐様に顔を真っ赤にさせる。
「わざとですね、理佐様」
「うん、添い寝出来るね」
にっこり微笑んで大きなソファーに座る理佐様にふと尋ねてみた。
「堂島さんは何処のお部屋に?」
「ん?この階の隣にいるよ?」
「...」
「妹と一緒にいたいっていうのはおかしなこと?」
「...血が繋がってないから妹ではないで、」
「血が繋がってるって言ったら?」
「...ぇ...?」
「...堂島に調べてもらったの。そしたらお母様には連れ子がいたの...その子は欅坂育成園に預けられていた。6歳までね」
「っ...え...」
「そう。それは友梨奈だったの」
理佐様の言葉に動揺して狼狽える。
「だからお父様は、お母様の告白に友梨奈を引き取ったの」
理佐様は立ち上がると私に近寄り、私は後退りして理佐様を信じられないといった表情で見つめ、ベッドに追い詰められて倒れた。
顔の両サイドに手を置いて私の頬を撫でる。
「だからね、本当の姉妹なの」
「っ...」
「だけど、愛してしまった」
「っ...あい、して...?...でも...じゃあなんで私は6歳まで、離れ離れだったの...?」
「...お母様は言えずにいたの。友梨奈のことを。渡邉財閥のお父様だからって。だけどとうとう我慢出来ずに打ち明けた。そうしたら、お父様は話を聞いてすぐお母様と迎えに行った。そう欅坂育成園の院長先生は言ってた」
私は目に涙を浮かべて理佐様を見上げると切なく微笑む。
「友梨奈は私のこと、好き?」
「...今は頭の中が混乱していて分からない。...でも、理佐様にキスされたことは...嫌じゃなかった」
「友梨奈...もう一度、キスしていい?」
「っ...」
私の返事を待たずに理佐様はゆっくりと唇を触れ合わせてきて、私は目を閉じた。
角度を変え、口付けを受けて涙が溢れる。
唇が離れると理佐様は涙の跡を撫でて微笑む。
「...これからは、理佐って呼んで?」
「っ...さ...」
「...ん?」
「っ...理佐...っ」
「うん」
「理佐ぁ...っ」
私は理佐の首に腕を巻きつけて抱きつき、わんわん泣いた。
私は捨てられた子じゃなかったんだ。
それと同時に自分の本当の姉がいるなんて知らなかった。
ぎゅっと抱きしめてくる理佐に強く抱きついて泣きじゃくった。
「...友梨奈...私の可愛い妹...」
よく広いお庭でお姉ちゃんと遊んだなぁ。
ご主人様と奥様は、私をよく可愛がってくれたなぁ。
走馬灯のように記憶が溢れ出す。
理佐から身体を離すと服の袖で涙を拭って起き上がる。
「友梨奈、好きだよ」
涙をぐっと堪えて微笑む。
「私も...理佐が好き」
キスをされたことが嫌じゃない理由がようやく分かった。
「お姉ちゃんが好き...っ」
ふにゃっと泣き笑うと、理佐も泣いていた。
「ようやく、お姉ちゃんって言ってくれたね。昔はよくお姉ちゃんって言ってたのに、いつの間にか理佐様、ご主人様になっちゃったのが寂しかった...」
「理佐...でも...知らなかったから...今まで...」
「...でもこれからは堂々と理佐って呼んでくれる?」
理佐は涙を拭って優しく髪を撫でてそう言うと、私はこくんと小さく頷いた。
「うん...理佐...でも...まだ頭の中混乱してる」
「ゆっくりでいい。一気に話したから混乱するのも当たり前だから」
「...でもこれだけは分かるよ。私はお姉ちゃんとしてでも、理佐のこと、好きだから」
「友梨奈...」
「理佐...」
まるで惹きつけられるように唇を重ね、理佐に頬を包まれて何度もキスをする。
優しくて、幸せで、大好きで。
気持ちが溢れて理佐の手を掴んで、額をつけ合わせて唇をお互いに離した。
「...今日も添い寝してくれる?」
心臓が高鳴って煩くて、でも小さく頷く。
「...うん。何回もしてあげる」
「桃太郎はもういいからね?」
二人してクスクス笑ってベッドに倒れると抱きしめ合って理佐の首筋に顔を埋める。
辛かった日々も、すべて水に流されて今はもう幸せしか感じなかった。
お父さん、お母さん、ありがとう。
心の中でそう思いながら理佐の温もりをいつまでも感じた。
夜、いつもとは違う添い寝。
いっぱい楽しく思い出話をして。
姉妹二人で抱き合って、キスを交わして、いつまでも笑い合って目を閉じる。
お姉ちゃん、いつまでも貴女の側にいるから、お姉ちゃんもいつまでも私の側にいてね。
END
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リクエストして下さった方、大変遅くなってしまい申し訳ありません🙇♀️
気に入って頂けると幸いです。
お読み下さりありがとうございました。