理佐は徳山の時で、
友梨奈は風ふかの設定です。
ーーーーーー
私には渡邉理佐という恋人がいる。
私が高校一年で、理佐が三年の時に理佐からの告白で付き合うことになって半年が経つ。
「ねぇ、友梨奈ー」
「んー?」
日除けで涼んでた私達はお弁当を食べ終え、理佐は地べたに寝そべって私の太腿に頭乗せて見上げてきたので見下ろす。
「好きだよー」
「んー。知ってる」
本に視線をまた向けると本を奪われた。
「もう、理佐ー、今読んでるっ」
「だってこっち見てくれないんだもん」
仕方なく本を諦めて真下にある理佐を見つめると嬉しそうに微笑んでいた。
私も困ったように笑って理佐の額に口付ける。
「ふふ、友梨奈ー」
「はいはい」
体勢を変え、私の腰に抱きついてお腹に擦り寄ってくる理佐の髪を撫でた。
「今週、海に行きたいなー」
「いいよ。行こっか」
「友梨奈ぁ、好きー」
「だからぁ、知ってるって」
クスクス笑って理佐を愛しく見下ろす。
「じゃあ再来週はー...動物園」
「ん。いいよ」
「やったぁー」
ぎゅっと抱きしめられて微笑んだ。
それはまるで思い出作りのように思えた。
「理佐、スカートが捲れて下着見えてる」
「いいよ、ここにいるのは私達だけだし」
「私もいるよー」
声がする方を二人で見つめると、私と同級生のねるが微笑んで立っていた。
「理佐のショーツ今日白のレースだね」
「ねるっ、どこ見てんの!」
理佐はスカートを押さえて恥ずかしそうにしてる。
ねるは悪戯っぽく笑って私の隣に座った。
「もう、ねる。私達の邪魔しないで」
「いいじゃん。私も仲間に入れてよ」
「やだ」
「もう二人共、仲良く、」
「「やだ」」
二人してハモって私はぷっと吹き出す。
「なんでそこで意気投合するの」
「だっててちのこと好きだもーん」
「ねるっ、友梨奈は私のっ」
私の肩に頭を乗せるねるに理佐はむすっとした顔をしてる。
「りーさ、喧嘩しないの」
「喧嘩じゃないもん。ねる、友梨奈の肩に頭乗せんな。乗せていいのは私だけっ」
「やだよーだ。てちはいいよね?」
「うーん...」
「ほらっ、友梨奈だって困ってるじゃん」
三人揃うといつもこんな感じ。
ぎゃあぎゃあ騒ぐ二人に挟まれるのは毎度の事だ。
苦笑して二人を落ち着かせるのが私の役目。
騒いでる中でチャイムの音が鳴り、お弁当箱を私と理佐は持って立ち上がる。
「行くよ、友梨奈」
「てち、理佐のことはほっといて教室戻ろう?」
「ねる!いい加減にしないと蹴るよ?」
「暴力はんたーい」
そんな二人のやり取りに私はいつも笑ってしまう。
案外、仲良いんじゃないかって思うくらい。
三人で屋上から屋内に入ると理佐と別れて手を振り、ねると私は自分達のクラスへと戻った。
「あ」
「ん?どうしたの?」
「理佐に本取られたままだ」
「あとで返してもらったら?」
「うん。そうする」
ねると私は席が隣同士だから二人で席につくと自分のお弁当箱をスクールバッグに入れる。
それから先生が入ってきて授業が始まった。
ーーーーーー
週末になって家の鍵が開くのに気付かず、私は布団を抱き枕にして眠っていると髪を撫でられて目をうっすら開けてそっちを見た。
「おはよう、寝坊助さん」
回らない頭で微笑む理佐を見ると段々と覚醒してきて飛び起きる。
「ごめん!理佐!今から支度する!」
「良いよ。ゆっくりで」
「だめ!ソファーに座ってて!」
眼鏡を掛けて慌てて洗面台に向かった私を見て、笑う彼女をソファーに促して急いで支度をした。
私のバカ!今日は理佐と海に行く予定なのに!
目覚ましをかけたのにいつの間にか消してしまった自分が恨めしい。
洗面台から出た私は慌てて寝室に戻って、薄手の黒のパーカーとズボンをよろけながら穿いて、斜めがけのバッグに携帯と財布を入れて背負い、理佐の元へと小走りで駆け寄った。
「理佐っ、海行くよ!」
「ふふっ、うん」
玄関に一緒に向かうと私はスニーカーを履いて、彼女は可愛いサンダルを履いて外に出ると施錠をする。
「友梨奈暑くないの?」
「うん。黒好きだし」
手を繋いでバス停まで歩いて行くと10分ほどで着くのを確認して、二人並んでベンチに座った。
「ぁ...そういえば理佐、私から奪った本返してよ」
「...本?なんのこと?」
その時から理佐の病気が始まっていたのに気付かなかった。
ちょうどバスが来て、停まるとそれに乗り込んで後部座席に座った。
「覚えてないの...?」
「んー...覚えてない...」
「そっか。なら良いよ」
「ごめんね。友梨奈」
「良いよ、別に謝らなくても」
落ち込んでる理佐に苦笑して優しく微笑んで手を繋ぐと元気を取り戻す彼女に目を細める。
バスに揺られながら海が見えてくると理佐は嬉しそうに微笑み、私の方を見つめて子供のようにはしゃぐ。
バスが停留所に着くとお金を払って「ありがとうございます」と言って二人でバスを降りた。
「わー、海だぁ!」
「理佐、はしゃぎすぎ」
そんな理佐に笑って、繋いでいた手が離れ、一直線に海へと走る彼女の背中を見つめ砂の上に座る。
サンダルを脱いで波打ち際で素足になり、スカートが濡れないように持って歩く理佐が可愛くてじっと眺めていた。
「友梨奈ーっ」
「んー?」
「私の携帯で写真撮ってー」
言われるがまま、理佐の楽しげな様子を理佐のバッグから携帯を取り出すとカメラに収め、ついでにムービーも録り、私の携帯カメラにも収めてムービーも録る。
「友梨奈もおいでよーっ」
「私もー?」
携帯を置き、立ち上がってズボンに付いた砂を払い、脱いだスニーカーに靴下を入れてズボンの裾を捲って理佐のところまで向かい波打ち際で遊んだ。
お昼頃、近くのコンビニでご飯と飲み物を買い、理佐と一緒に食べながら海を眺めていた。
「友梨奈、私が卒業したら...一緒に暮らしたい」
「へ...?」
「...嫌?」
眉を下げて私を見つめる理佐にふふっと笑い、首を左右に振る。
「嫌な訳ないでしょ?大好きな人との同棲」
「っ、」
「...何で泣くの、理佐」
「っ、嬉しくて...っ」
「理佐」
俯いて泣く理佐に苦笑し、髪を撫でて両頬を包み込むと上げさせ、頬を伝う涙にキスをした。
「理佐、私を見て?」
「...っ」
おずおずと理佐は私を見つめる。
「理佐が思ってる以上に、私は理佐が好き」
「...友梨奈...っ」
優しく微笑んで、理佐を抱きしめると理佐もぎゅっと抱きついてくる。
「理佐...まだ泣くの?」
「うん...っ」
「ふふっ。泣き虫理佐」
「うん...っ」
理佐の背中を撫でながら、私達は波の音を聞きながらいつまでも海を眺めていた。
ーーーーーー
私達はいつもの様に屋上の日除けでお弁当を食べて、脚を伸ばして本を読む私の太腿に理佐は頭を乗せていた。
「ねぇー、友梨奈ー」
「んー?」
「好きだよー」
「うん。知ってるーって、もう!」
また本を奪われて取り返そうと手を伸ばすが届かずに諦めた。
「理佐ぁー返して」
「嫌ー。だって私を見てくれないもん」
「分かったから。だから返して」
「嫌」
「もうー...」
理佐の唇にキスをすると嬉しそうに微笑んで、本を取られたままお腹に顔を寄せて抱きついてくる。
「おー、今日は黒のレースのショーツですかー」
「っ!ねるっ!エロガキッ!」
理佐の足元にしゃがみ込んでいたねるはふふっと楽しげに笑って立ち上がると私の隣に座った。
「友梨奈からも何か言って!」
「...だって、理佐、無防備過ぎるし...」
「友梨奈までそう言うの!?」
「そうだよー。理佐無防備」
「〜っ!!」
私のお腹に顔を押しつけて何か喋ってる理佐に苦笑して、髪をぽんぽんと軽く叩いて撫でる。
「りーさ、機嫌直して?」
「やだ」
「いじけてる」
「もう嫌、ねるのバカ」
「理佐」
理佐の頬に口付けると満更でもなさそうな表情を浮かべていた。
「二人とも熱いねー」
ねるはまた私の肩に頭を乗せて理佐を見て笑う。
「そう。だからねるの入る隙間なんかこれっぽっちもないのっ」
「二人共、仲良く、」
「「やだ」」
やっぱりそこはハモるんだ。
なんて思いながらクスクスと笑った。
「段々と肌寒くなってきたねー」
「でも最近の天気おかしくない?暑かったり、寒かったり」
「確かに」
「ねぇ、私もいるんですけど」
理佐は冷ややかな目で私とねるを見つめる。
「ごめん、理佐」
「もう知らない」
理佐は起き上がると私の本とお弁当を持って屋上から中へと入って行ってしまった。
「あぁ...怒らせちゃった..」
「ごめん、てち」
「ねるは謝んなくていいの」
「でも...どうしたんだろう...いつもだったらあんなに怒らないのに」
「うん...」
「この間さ、理佐に本取られたままだって、言ったじゃない?」
「うん」
「それでこの前の週末、海に向かうバスの中で聞いたの。そしたら覚えてないって言われて...」
「覚えてない...?」
「だって普通覚えてるでしょ?」
「うん...今だっててちの本持って行ったよね?」
「...さすがに覚えてるよね...」
「...とりあえず私達も戻ろう?」
「うん...」
後でちゃんと謝れば理佐だって許してくれるはず、と思ってねると共に屋内へと入って教室に向かった。
ーーーーーー
放課後、ねると一緒に話しながらスクールバッグに教科書を入れていると引き戸が開いて「友梨奈ー」と呼ばれ、振り向くとお昼の理佐とはうって変わって笑顔で立っていた。
それには私とねるは顔を見合わせる。
スクールバッグを肩に掛けて理佐に近付く。
「お昼、ごめんね。怒らせちゃって」
「?なんのこと?」
「ぇ...理佐、私の本持って怒って屋上から出て行っちゃったでしょ...?」
「...そうだっけ...それに本?私持っていったの?」
「理佐、どうしちゃったの...?」
心配よりも漠然とした不安が勝っていた。
ねるも近付いて理佐を見つめた。
「理佐、今週どこか出かけるか分かる?」
「今週?ううん、分からない。多分どこにも行かない」
「っ...?」
「...そっか、ごめんね、変なこと聞いちゃって」
「ううん、友梨奈帰ろう?」
「うん...」
約束したじゃない。動物園に行こうって。
「今週末さ、みんなで動物園出かけようっててちと話してたの。理佐も行くでしょ?」
ねるは嘘をついて聞いてみると嬉しそうに微笑んで、「行きたい!」と理佐は言った。
普通ならそこでねるには「私達の邪魔をしないで」って怒るのに理佐は喜んでいた。
「みんな帰ろう?」
「...うん」
「帰ろう、てち」
「...」
無言で頷くとみんなで下駄箱へと向かう。
スニーカーに履き替えると理佐も革靴を履いて私の側に寄って来て手を繋いできた。
ふふっと微笑む理佐は私を見つめてくる。
ねるは私達の一歩先を歩いていた。
「ねぇ、友梨奈、来週水族館に行きたい」
「うん、いいよ」
気丈に振る舞い、微笑んで理佐を見るといつもの様に可愛い笑顔を浮かべて私に向ける。
楽しそうに手を揺らす理佐のその手を見つめていた。
ーーーーーー
お風呂上がりにタオルで髪を拭きながらソファーに座る。
理佐、どうしちゃったんだろう。
ただ忘れちゃっただけ?
色んな感情が私を覆い尽くす。
と、突然携帯が鳴って画面を見るとねるからだった。
私はスライドして電話に出る。
(てち、起きてた?)
「うん...どうかした?」
(...今日さ、理佐の様子、おかしかったじゃない)
「...うん」
(それでね、パソコンで調べてみたの)
「うん...」
(...驚かないでって言っても無理ないか...)
「いいから教えて」
(...あのね...理佐、もしかして...忘愛症候群かもしれない)
「忘愛、症候群...?」
(うん...愛する人を忘れてしまう病気...しかも病気の進行が早いの...)
「待ってっ、私も調べてみる...っ」
ノートパソコンを寝室から持ってきてテーブルに置くと、ボタンを押して立ち上げる。
やっと検索画面になるとねるから教えてもらった忘愛症候群と打って検索した。
(見た...?)
「っ...」
(てち...?)
物や約束、愛する人を忘れてしまう病気。と書かれていた。
じゃあ、卒業したら一緒に暮らしたいってことも、忘れていくの...?
理佐が私を...忘れていくの...?
そう考えただけでいつの間にか、頬に涙の雫が伝っていた。
(てち...?大丈夫...?)
「ごめん...っ、...大丈夫だから」
眼鏡を外して涙を拭く。
理佐が私を忘れてしまうなら、また理佐と恋をすればいい。
そう安易に考えていてスクロールしていくと見てはいけないものを見てしまった。
(それでね、てち。落ち着いて聞いてね...?)
「っ...ん...」
(理佐の病気を治すたった一つの方法は、)
「...私が、死ぬこと...でしょ?」
(っ...スクロールして見ちゃったんだ...)
「...理佐を残して、死にたくない...っ...でもっ、それで理佐の病気が治るなら、」
(だめっ!...そんなこと考えないで...っ)
電話越しから伝わるねるの泣き声。
どうして理佐なの。どうして。
嗚咽を漏らして堪えきれずに泣く。
「ねぇっ、ねるっ!私も忘れればいいのっ?でもっ、そんなこと、出来ないよっ...」
瞼の裏には理佐の笑った顔。
怒った顔。
キスをすると嬉しそうに微笑む顔。
恥ずかしそうにする顔。
どれも愛しい表情ばかりだ。
「お願いっ...嘘だって言ってっ...」
(てち...っ)
「忘れられないっ、忘れて欲しくないっ...!」
泣き崩れる私に電話越しのねるは何も言わなかった。いや、何も言えなかったと思う。
その日は寝るまで私は一日中泣いていた。
ーーーーーー
週末になり、私は黒のパーカーにダメージジーンズを穿いて約束の動物園で理佐とねるをポケットに手を突っ込んで、足元を眺めながら待っていた。
「てち!」
「ぁ...」
駆け寄ってきたねると共にやってきた理佐はどこかよそよそしくしていた。
「ねる...誰...?」
病気の進行が早く、既に私を忘れた理佐にショックを受けつつも平然を装う。
「...初めまして...平手友梨奈です...」
「理佐、挨拶しなきゃ...」
ねるに促されて理佐は頭を下げ、
「初めまして...渡邉理佐です...」
と視線を合わせたがすぐに逸らされてしまった。
私は傷つきながらも小さく頭を下げる。
動物園のチケットを買って園内に入ると理佐はねると楽しげに動物達を眺めていて、私は二人から一歩下がって理佐を見つめていた。
「ねるー、写真撮る、」
「...どうしたの?」
「...海の写真がある。それにムービーも...」
ねるは私を切なく見た。
「誰が撮ってくれたんだろう...ゆりなもおいでよ...?」
本当は私だよって言いたかったけれど、声を押し殺して俯く。
「私...楽しげに笑ってる...」
「理佐...」
「ゆりな...って...ひらてさん...?」
「っ...」
「...理佐、喉渇かない?ジュースでも飲もうか?」
「...うん」
理佐は携帯をバッグの中に入れてねるに手を引かれ、売店へと向かうのをついて行った。
園内の売店に着くと「二人共座って話してて」と言ってジュースを買いにねるはその場を離れる。
「...ひらてゆりなって、どんな字、書くんですか...?」
バッグからメモ帳とペンを出すと名前を書いて見せた。
「平手友梨奈さん...可愛い名前ですね」
私の中で残ってる理佐の笑顔に思わず泣きそうになって俯いて堪える。
「...渡邉さんは...?」
「紙とペン、借りてもいいですか?」
「...はい...」
さらさらと書いて見せてきて「知ってるよ」なんて言える訳もなく黙って紙を見た。
「渡邉さんも...可愛い名前ですね...」
「ありがとう...」
恥ずかしそうに笑う理佐が愛しくて、ねるがジュースを抱えて持って来てメモ帳とペンをしまう。
「ねる...私トイレ行ってくる」
「うん...」
立ち上がるとトイレに向かい、個室に入ると涙が溢れて止まらなかった。
完全に私のことを忘れている理佐を抱きしめたい。
いつもの様に「友梨奈」と笑顔で呼んで欲しい。
しとどに溢れる涙を拭って、個室から出ると二人が待つ場所へと行った。
「遅かったね。てち...」
「...うん...目がゴロゴロして洗ってた」
「...大丈夫ですか...?」
「もう治りましたから...」
理佐を見ずに呟くとねるに「ジュースありがとう」とお礼を言って飲む。
「理佐...?」
ぼんやりしてる理佐を不意に見つめた。
「...ん...?」
「...いや、ぼんやりしてたから...」
「...大丈夫...」
微笑む理佐を見て何も言えなかった。
俯いてジュースを飲んで、黙ったままでいると理佐が私に話しかけてきた。
「...平手さん...楽しい...ですか...?」
「...はい...楽しいですよ...。ねる...まだ見ていない動物いるでしょ...?...渡邉さんと回っておいでよ...」
「...てちは...?」
「ここで待ってるから...」
ねるを切なく見て微笑んだ。
「...分かった...理佐、行こう...?」
「うん...」
二人はジュースを持って立ち上がり、振り返って私を見る理佐に気付かず二人は動物を見に行く。
不意に理佐の後ろ姿を見つめ、涙で背中が滲んでいった。
ーーーーーー
「てち」
「...一周回ってきた...?」
「うん」
「...」
「じゃあ帰る...?」
「私、帰る方向違うから二人で帰って...?理佐...いいかな?」
「...うん...」
私は立ち上がってみんなで園内を出た。
「じゃあ...学校でね」
「...うん」
「...」
ねるに手を振る理佐に尋ねてみた。
「...渡邉さん」
「...はい...?」
「...高校卒業したら、一緒に暮らしたいって言ったの、覚えてますか...?」
「ぇ...私と、平手さんとですか...?」
「...覚えてないか...」
自嘲気味に笑いながら俯く。
しばらく向かい合わせに立っていると理佐はぼんやりと俯いていた。
「本当は動物園に行く約束してたの...私達だけなんですよ」
「ぇ...」
「来週は、水族館行こうって言ったの...覚えてますか...?」
「...ごめんなさい...覚えてないです...」
「私と渡邉さんが付き合ってたことも...?」
「...ごめんなさい...」
「ごめんなさいはもういいんだよ」
切なく呟いて理佐を見つめた。
「...海の写真やムービーは、私が撮ったんですよ。一緒にバスに乗って、海に行って...」
「...」
何も言わない理佐の両肩を掴むと揺らす。
「なんで忘れちゃうの!?私のこと、好きだってことも!!私のことも!!」
「っ...」
「なんで...っ、なんでっ...理佐が病気になるのっ...」
ずるずると理佐の手を掴みながらしゃがみ込んで泣きじゃくった。
それでも理佐はぼんやりとしたまま立ち竦んでいた。
覚えていて欲しかった。
付き合ってたことも。
好きだったことも。
一緒に暮らすことも。
一緒に楽しんで行った海のことも。
動物園に行こうねってことも。
水族館に行こうねってことも。
なにもかも忘れてしまった大好きで愛しかった私の恋人はもう、恋人じゃない。
理佐にとっては、もう私はただのなんの関係もない人で。
それが辛くて、苦しくて、悲しくて。
神様がもしいたとしたら、理佐を私から奪わないで欲しかった。
理佐と逢えたから、恋を知ったよ。
理佐と逢えたから、私を知ったよ。
こんな私でさえも。
鼻を啜って涙を拭き、立ち上がって理佐から手を離した。
「...家まで送るね..」
「...」
理佐はまたぼんやりとしていた。
「ぼんやりしてたら事故に遭うよ...」
震える手で理佐の手を握って家に向かって歩く。
もう、恋人じゃない理佐の手を引いて歩くが黙ったままの理佐が危なくない様に手をしっかり握って。
家までの道のりはまるで近くに思えた。
赤信号で止まって、青信号になって理佐は私の手から離れてぼんやりと歩き出すと、ダンプカーがけたたましくクラクションを鳴らし、私は慌てて理佐を突き飛ばして、跳ね飛ばされて電柱に叩きつけられダンプカーは停まった。
「...ぁ、ああっ、いやああああっ!!」
道路の真ん中で理佐が叫ぶ。
走馬灯の様に友梨奈との記憶が溢れかえってくる。
どれも愛しい記憶。仕草も匂いも覚えてる。
友梨奈に駆け寄って涙を溢す。
「っ...だから...言ったじゃない...ぼんやりしてたら...事故にっ...遭うよって...」
霞む瞳で理佐を微笑んで見つめる。
「友梨奈っ!!だめ!!目を閉じないでっ!!」
理佐...記憶が戻ってる...?
だとしたらいいな。
私が死ねば理佐の病気が治るから。
ねぇ理佐、笑っていてね。
なんだ、なんだ、と野次馬が集まってきて写真を撮っていく。
そんなことよりも頬に当てられた手の温もりに涙を溢して目を細める。
「理佐...私のこと...思い出したの...?」
「うんっ、思い出したよっ...だから喋らないでっ...」
「...良かった...嬉しい...」
頬を撫でる手を弱々しく握って微笑んだ。
神様、どうか理佐を守って下さい。
理佐の手を掴んでいた手がゆっくりと落ちて、遠退く意識の中で理佐が私の名前を何度も呼んでいるのを聞きながら涙を溢して微笑む。
理佐のこと、大好きだよ。
水族館、理佐と行きたかったなぁ...。
微笑みながらゆっくり目を閉じた。
ーーーーーー
機械音のピッ、ピッ、という音が聞こえる。
誰かが私の手を握ってベッドに眠ってる。
指がぴくっと動くとベッドに眠ってる人が起きて名前を呼ぶ。
うっすら目を開けると、飛び込んできたのは真っ白な天井だった。
名前を呼ぶ人の方向をゆっくり見ると理佐が泣きながら私を見てる。
「友梨奈っ...友梨奈ぁっ...」
「てち...っ」
ねるも泣いていて、手を伸ばして頭上にある何かを押す。
どうしてだろう。右耳が聞こえない。
それに右脚の太腿から下が麻痺してるかの様に動かない。
「ごめんなさいっ、ごめんなさい...っ」
「...理佐...なんで...謝ってるの...?」
「っ、だってっ、」
理佐が言いかけた途端に看護士と白衣を着た人が引き戸を開けて中へと入ってきた。
「平手さん、分かりますか?」
「...はい」
「友梨奈!」
「...お母さん...?」
「友梨奈っ...」
お母さんは泣き崩れて床にへたり込むのを看護士さんが背中を摩っている。
「お母様の方から話しますか...?」
椅子に座らせられたお母さんは首を横に振ってハンカチで口元を押さえて泣きじゃくっていた。
「...では、私の口から話しますね。...平手さんは大怪我だった為、右脚の損傷が激しく、命の危険にさらされたので医師の判断のもと、右脛骨の切断をさせて頂きました」
「...ぇ...?」
「あと右耳ですが、事故の後遺症で聴力障害になっていました」
「...」
「何日目が覚めなかったか分かりますか?」
「...分かりません」
「一週間です」
「...」
そんなに眠っていたのか。と冷静な自分がいた。
脚を失くして、右耳も聞こえない私だから理佐はあんなに泣いていたんだ。
でも、不思議と悲しくはなかった。
これから不便になるなぁ。としか思わなかった。
「しばらく入院して脚の状態を見てから退院となります」
「...分かりました」
「ちょっと見させて頂きますね」
布団を捲る先生はその場にいた看護士さんを呼んで包帯を新しいのに替えて下さいと言った。
「では、何かありましたらまたナースコールを鳴らして下さい」
頭を下げて出て行く先生と看護士さんを見届けて、お母さんに視線を向けた。
「友梨奈っ...」
「...お母さん、そんなに泣かないでよ。私なら大丈夫だから」
微笑んでお母さんを見つめる。
神様はきっと、私の脚と耳を引き換えに理佐の記憶を戻して、私を生かしてくれたんだ。
「理佐...」
「友梨奈...っ」
後頭部を引き寄せ、額を当てて私は嬉しくて泣きながら微笑む。
お母さんとねるはそんな私達を見て切なく微笑んで涙を溢していた。
ーーーーーー
退院の日、車椅子に乗った私に看護士さんが可愛い花束をくれた。
「友梨奈ちゃん退院おめでとうー!!」
看護士さん達が一斉に言って、驚きながらも微笑んで頭を下げる。
「ありがとうございました」
辛いリハビリに耐えて二ヶ月後、私はようやく退院することが出来て、制服を着てお母さんの車で慣れた手つきで助手席に乗ってお母さんに手伝ってもらって車椅子をトランクに入れて学校に向かう。
「お母さん急いでっ。理佐の卒業式に間に合わなくなっちゃう!」
お母さんは急いで車を走らせ、途中お母さんに頼んで一本のバラを買ってきてもらい、学校へと急いだ。
ーーーーーー
その頃、理佐は下級生に囲まれてボタンを下さい、と言われて困っていた。
第二ボタンに手を伸ばす女の子の手を振り払って微笑む。
「もうこれは予約済みだから」
下級生達をひょいとかわしてねるはクスクス笑う。
「人気者だったなんて知らなかった」
「私だってびっくりだよ...あ...」
校門の前に車が停まると、慣れた手つきで車椅子に乗り、自然と道が出来て理佐一直線に車椅子を漕いだ。
理佐の前まで来ると止まって見上げる。
理佐は満面の笑みで抱きしめてきて、私も抱きつく。
「友梨奈、退院おめでとう...」
「理佐も、卒業おめでとう。はい、これ」
一本のバラを理佐に渡すと嬉しそうに微笑んで受け取ってくれた。
「友梨奈にも...」
理佐は自分の制服の第二ボタンを取って私の手のひらに置いた。
「理佐、好きだよ」
「私も、大好き」
二人抱き合ってるのを、ねるとお母さんは優しく見つめていた。
「そういえば理佐ちゃんのお母さんって」
「あ、私の母親は客室乗務員なんで」
「じゃあ写真撮らなきゃっ」
卒業式と大きく書かれた校門前までみんなで移動して携帯で写真を撮ろうとすると、どこかの知らないお母さんが「撮りましょうか?」と言ってくれて、お願いしてみんなで理佐を囲んで写真を何パターンか撮ってくれた。
お礼を言って携帯を受け取って、今度は理佐と並んで写真を撮ろうとすると理佐は私の背丈に合わせてしゃがみ込んでバラを持って私を見つめ、二人で微笑む。
「ほら、二人とも写真撮るわよー」
「はーい」
ピースサインをして二人笑みを浮かべて写真が撮られた。
ねぇ理佐。
奇跡って信じる?
私は信じてる。
今もこうして貴女の側にいられてるんだから。
ーーーーーー
リクエストして下さった方、お待たせしてしまいすみません!気に入って頂けると嬉しいです。
お読み下さりありがとうございました。