あれから数ヶ月が経ち、友梨奈が臨月になった頃、社員達が考えてくれた社長である私の労い会をひらいてくれて行かない訳にも行かず、ちょっと遠い居酒屋で会が始まった。
「社長、いつも私達の為に頑張って下さってありがとうございます!」
課長の一声に社員全員がグラスを持って私を見つめる。
「みんなが頑張ってくれたから、今以上に会社が大きく成長出来ました。ありがとうございます。これからもみんなで一緒に楽しく仕事をしましょう」
「「よろしくお願いします!」」
社員達が返事をすると乾杯が始まり、みんながそれぞれに楽しくお酒を飲み、その姿に私はふふっと笑ってお酒をゆっくり飲んだ。
その時、携帯を消音モードになっている事も知らずに。
「社長、あまりお酒は...」
「高梨さん、大丈夫。私結構強い方だから。高梨さんも飲もう」
「...それでは一杯だけ」
高梨さんと乾杯して二人してお酒をゆっくりと飲む。
グラスが空くと課長がお酒を注いでくれて「ありがとう」と微笑みながらまたお酒を飲む。
社員達みんなと楽しみながら飲んで、時刻はあっという間に午前0時を回っていた。
酔い潰れて寝てる人もいれば、ぐびぐびとお酒を飲んで笑っている人、それぞれだ。
「社長、もう帰りましょう。友梨奈さん臨月なんですから」
「そうだね。もう帰ろうか」
「お車手配してきます」
「うん、お願い」
程よくお酒を飲んでバッグを肩に下げて立ち上がると課長が気持ち良さそうに眠っているのを見て、「いつもありがとう」と肩に触れて伝票を手にしてヒールを履き、起きている社員数名が「もう帰っちゃうんですか?」と聞いてきたので頷いて微笑み、手を軽く上げると社員全員の会計を済ませ、「ごちそうさまでした」と言ってお店を出て高梨さんが用意してくれた車に一緒に乗り込む。
「社長、ほろ酔い状態ですね」
「んー?ふふっ、そうかな。高梨さんは一杯しか飲まなかったね本当に」
「私はあまり飲まないので」
「そうなの?真面目だねぇ」
そういえば友梨奈からLINEこなかったな、と思い、携帯をバッグから取り出して見てみたら着信が何件もあってやっとそこで消音モードになってた事に気が付いた。
私は慌てて友梨奈のLINEを鳴らすが出てくれない。
何かあったのかと心配になって運転手さんに「ちょっと急いで下さい!」と言って友梨奈にLINEを送るが既読が付かない。
もしかしたら一人で友梨佐を連れて病院に行ってしまったのかも知れない。
「友梨奈さんですか?」
「うんっ...LINE送っても既読が付かない...っ」
「だから言ったじゃないですかっ。臨月なんですからってっ」
数十分後、自宅へと着くと高梨さんも心配して付いて来てエントランスに入ると慌てて鍵穴に鍵を挿して解錠すると二人で家へと走ってドアを開ける。
「友梨奈!」
ヒールを乱雑に脱ぎ捨てて中に入ると照明が落とされていて辺りはシーンと静まり返っていた。
「高梨さん、大丈夫そうだから帰って良いよ」
「でも...」
「靴があるって事は寝ちゃってるかもしれないから」
「...分かりました。何かあれば連絡下さいね」
「ありがとう」
頭を下げて帰って行く高梨さんを玄関まで見送り、施錠をしてリビングの電気を点けると壁に、友梨佐
一歳のお誕生日おめでとう、と画鋲で貼られていた。
そうだった。昨日は友梨佐の一歳の誕生日だった。
なんで忘れてしまったんだろう。こんな大事な事を。
寝室にそっと入ると電気が消されていて、ダブルベッドだったベッドを数ヶ月前にキングサイズに替えて、そこに友梨奈と友梨佐が眠っていた。
ベッドの傍に座って友梨奈の髪を撫でると目を覚ましたのか、友梨佐を抱いて私の手から離れる。
「友梨奈...ごめん...」
「...」
友梨奈は何も言わずに再び眠ってしまった。
私もそれ以上何も言えずに静かに寝室を出てソファーに座った。
我が子の誕生日を忘れて、呑気にお酒を飲んで、自分が情けない。
溜め息を漏らしてバッグを置き、そのままソファーに寝そべる。
バッグから携帯を手探りで取り出して、LINEを見てみる。遡ると友梨奈のメッセージが入っていた。
(今日何時に帰って来れそう?)
(友梨佐の誕生日だから早く帰って来てね)
...バカだ。私は。
消音モードになっているのにも気づかず、社員全員と飲み会をしてすっかり忘れていた自分に涙が出て両手で顔を覆う。
時間を戻せるなら戻したい。
涙を拭ってお酒も入っているせいかそのまま私はソファーで腕で目を覆い寝そうになっていたら寝室から友梨奈が出て来るのに気付いて目を開けて起き上がった。
「友梨奈っ、ごめ、」
「お酒の匂いぷんぷんさせて...飲んでたんだ。...楽しかった?」
「違う、携帯が、」
「言い訳なんて聞きたくない」
明らかに怒っている友梨奈に何も言えずにいると、友梨奈はコップに水を入れてテーブルに置いた。
「友梨佐の誕生日を忘れて、私が臨月だってことも忘れて、気晴らしにでもなった?」
「っ...」
「...もういい」
寝室へと向かう友梨奈を立ち上がって咄嗟に腕を掴む。
「離してっ!」
「友梨奈っ!違う!」
「何が違うの!?」
拒む友梨奈を背後から抱きしめて目が潤む。
「友梨佐の誕生日...忙しくて正直忘れてた...でも、友梨奈が臨月だってことは忘れてないっ」
「嘘つきっ!どうでも良かったんでしょ!?」
「違う!携帯が消音モードになってて気が付かなかっただけなの!」
「理佐のバカ!」
「友梨奈っ!」
尚も拒む友梨奈は私の手を振り解こうとして肩を弾ませ泣きじゃくってしゃがみ込んだ。
「最低っ...理佐なんて大嫌いっ!」
「っ!」
その言葉に傷付いて手が緩むと友梨佐が寝室で泣き始め、友梨奈は立ち上がって寝室へと行ってしまった。
「っ...」
心の中で赤い糸が切れる音がした。
悔しくて、情けなくて涙が溢れてくる。
立ち上がるとソファーに戻って泣き崩れた。
友梨奈の「大嫌い」が心に何度も響き、水を一気に飲むとソファーに寝そべった。
溢れる涙を拭って目を閉じるとそのまま私は寝室には行かず、ソファーで眠った。
ーーーーーー
翌朝、目が覚めて起きると友梨奈達はすでに起きていて何も言わずに寝室に入るとクローゼットから新しい服と下着を持って朝からお風呂に入った。
しばらくして浴室から出ると髪を乾かし、新しい服を着てスキンケアをしてから軽くメイクをする。
それが終わると脱衣所の扉を開けると友梨奈達はご飯を食べていた。
私の分もあったけど、手を付けずにソファーの近くに置いたバッグと携帯を持って廊下の扉を開けると友梨佐が「まんま」と呼ぶがパタンと扉を閉め、ヒールを履き、ドアを開けて職場まで歩いて行った。
足元を見つめながら歩いていると「社長!」という声が聞こえて足を止めた。
目の前に車が止まって運転手さんがドアを開ける。
「どうされたんですか、お迎えに上がろうと、」
「いい。今日は一人にして」
俯いたまま歩き出して会社へと向かった。
先に着いていた高梨さんが駆け寄ってくるのを避ける様に社内に入ると誰にも挨拶をせずに社長室に閉じこもる。
するとコンコンと扉を叩いて「失礼します」と高梨さんが入って来た。
「社長、何かあったんですか?」
「高梨さん...いいから一人にして」
「...分かりました。何かあればお呼び下さい」
コーヒーを置いて高梨さんは出て行った。
不意に友梨奈達の写真を目にしてゆっくりとデスクに倒す。
仕事に集中しては溜め息を吐き、お昼過ぎになるまで仕事をしているとまた扉が叩かれる。
「社長、ご飯食べて下さい」
「いらない」
「...友梨奈さんと何かあ、」
「だから一人にして!」
「...失礼致します...」
今の私は最低だ。
高梨さんは悪くないのに八つ当たりして。
社長失格だ。
頭を抱え自分に苛立って目を閉じる。
友梨奈の「大嫌い」が耳にこびりついて離れない。
そりゃあそうだよね。
自分の子供の誕生日を忘れていたから。
大嫌いだと言われても仕方ない。
ぽたぽたとデスクに涙が落ちる。
ティッシュを取って涙を拭い、仕事に没頭するしかなかった。
ーーーーーー
時間はあっという間に過ぎて、21時を回り、自宅に帰っても友梨奈はきっと許してはくれない。
今日は社長室にでも泊まろうと思い、携帯をバッグから取り出して友梨奈にLINEをしようと思ったが、どうせ既読にはならないと思い、手を止めた。
扉がノックされて高梨さんが入って来ると携帯を置いて仕事を再開し始める。
「社長、」
「今日は家に帰らないから高梨さん帰って」
「...先程、勝手ながら社長の家に行かせて頂きました」
「っ...そう」
「家に上がらせてもらって事の事情を話してきました...友梨奈さん、泣いていました。理佐に酷いことを言ってしまったと」
「...」
「...帰りましょう、社長」
「...ぃ...」
「...え?」
「帰らない。今日はここで泊まる。やらない仕事しなくちゃいけないか、」
「社長、仕事と友梨奈さんどっちが大事なんですか?」
高梨さんの言葉に思わず手が止まる。
「...」
「...友梨奈さん達ではないでしょうか?」
どうぞ、と高梨さんが言うと社長室に友梨佐を抱いた友梨奈が今にも泣きそうになって入って来て思わず立ち上がった。
「まんまー」
友梨奈に下ろしてもらった友梨佐がとてとてと私の足元に来てパンツを引っ張る。
「っ...友梨佐...っ」
「まんまー?」
抱き上げて涙が溢れ、強く抱きしめた。
「...理佐...っ、ごめん...っ、私、酷いこと...」
「もういいの...っ、友梨奈は悪くない」
「でもっ、だ、大嫌いって...っ」
近寄って友梨佐と共に友梨奈を抱きしめる。
私の服を握り締めて泣く友梨奈に私も泣きながら微笑んで、
「遅くなっちゃったけど、友梨佐のお誕生日しよう?」
「っ、うん...っ」
「まんまー」
友梨佐は私の頬と友梨奈の頬にキスをしてきてみんなで一緒に笑った。
高梨さんはそんな私達を見て優しく微笑んでいた。
ーーーーーー
「お車、手配しますので」
「ありがとう」
高梨さんは駐車場へと向かい、片手で友梨佐を抱き、空いた手のひらで友梨奈の手を握る。
「早く双子の理奈と友理(ゆうり)に会いたいなぁ」
「ね。男の子と女の子だなんて聞いた時びっくりした。明後日から入院だから友梨佐のことよろしくね?ママさん」
「うん、頑張る」
高梨さんは助手席に乗り、運転手さんが出てきてドアを開けてくれて、後部座席に私達は乗り込んだ。
友梨佐は私の膝に乗せるとくるりと向きを変えて抱きついてきてすりすりしてくる。
「どうしたの?友梨佐」
「まんまー」
「うん、ママだよ?」
すると首を横に振ってまた「まんまー」と言う。
「あ、もしかしてミルクのことかも」
「寝る時ミルク飲んで寝るからか」
「まんまー」
「んー、分かった。お家帰ったらまんま飲もうね」
優しく微笑んで背中をぽんぽんと叩くと眠くなってきたのか瞼の動きが遅くなってきている。
「土日しか遊んであげられないからね...」
髪を撫でていると私に身を預けて眠ってしまった。
可愛い我が子に友梨奈と目を合わせて笑う。
家に帰ったらまんま飲んで寝ようね、友梨佐。
一歳のお誕生日は明日しようね。家族みんなで。
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長くなってしまったので次子育て編書きます!
お読み下さりありがとうございました。