私、渡邉理佐は欅坂幼稚園の新米保育士。

今日も門の入り口に立ち、お母さんに連れられてくる園児達に手を振ってお迎えする。

「あーりさおはよー!!」

来た。問題児、年中組さんの平手友梨奈ちゃん。

「こらっ、友梨奈!渡邉先生でしょ!」

お母さんの手から離れて私に抱きつく友梨奈ちゃんに、友梨奈ちゃんのお母さんがすみません、と私に向かって頭を下げる。

「大丈夫ですから平手さん。ね、友梨奈ちゃん」

「ねっ!りさっ!」

私を見上げてにっこり笑う友梨奈ちゃん。

「こらっ!もう本当に申し訳ありません...」

「ままっ!おしごといってっ!」

少し怒った様に言う友梨奈ちゃんに苦笑し、帽子を撫でて平手さんに微笑む。

「友梨奈ちゃんの事は私に任せて、平手さんお仕事行って来て下さい」

「すみませんがよろしくお願いします。友梨奈、渡邉先生を困らせちゃだめよ?」

「ままっ!はやくいってっ!」

頬を膨らませて怒る友梨奈ちゃんを抱き上げて、手を振って見送ると首筋に顔を埋めてぎゅっと抱きつく友梨奈ちゃん。

「友梨奈ちゃん、お部屋入ろうか?」

「やだー。ゆりな、りさとぎゅーしてる」

そう言って更に抱きつく友梨奈ちゃんを諦めて抱っこしたまま続々とやってくる園児達におはようーと挨拶をして時間になったので門を閉める。

友梨奈ちゃんを抱っこしたまま園内に入り、下ろすと靴を上履きに履き替えさせて手を繋いでたんぽぽ組の部屋に入った。

「みんな、おはようございますっ」

「わたなべせんせー、おはようございますっ!」

園児達が一斉に挨拶をして頭を下げる。

「はいっ。みんなえらいねー」

友梨奈ちゃんだけ私の手を握って帽子とカバンと上着を脱ごうとしない。

「友梨奈ちゃん、帽子とカバンと上着脱ごっか」

友梨奈ちゃんの目線に合わせてしゃがみ込み呟くと、こくんと頷いて自分の名前が貼ってある棚に向かって帽子などを置いていく。

「ゆりなだけせんせーにおはよういってないー」

一人の男の子が言うとみんな口々に言い始め、友梨奈ちゃんは黙りこくって俯いてしまった。

「みんなーそんな事言っちゃダメだよー。友梨奈ちゃん朝おはよう言ったからね。ね、友梨奈ちゃん」

「ん...っ」

頷くと私に駆け寄ってまた抱きついてきた。

「あーゆりなだけずるいー」

「はいっ、みんなお絵かきの時間だよー。お席に座ってー」

ぎゅーっと抱きつく友梨奈ちゃんの髪を撫でているとなでなでと私のお尻を触っていた。

「友梨奈ちゃん...?」

「りさのおしりー」

...このエロガキめ。

そう思いながらにっこり微笑んで友梨奈ちゃんを見下ろすとにこにこしながら見上げてくる。

「友梨奈ちゃんそういう事はしちゃダメです。はい、お席に座って?」

「はーい...」

口を尖らせて私から離れると自分の席に座った。

「みんなー今日は、大きくなったら何になりたいか描いてください」

「はーいっ!」

元気よく返事をした園児達はクレヨンを机から出して私は一枚一枚園児達の机に置いていく。

絵を描き始めた子供達を一人ずつ見守っていると友梨奈ちゃんは大きな人間と小さな人間を描いていた。

誰だろうと思って見ていると私に気付いてへへっと笑った。

「友梨奈ちゃん、なに描いてるの?」

「りさとゆりな!」

「へ?」

「もーりさあっちいって!ゆりなかいてる!」

私の身体を押して恥ずかしそうに頬を膨らませる友梨奈ちゃんにクスクスと笑って離れると一生懸命に友梨奈ちゃんは描いていた。

でも何で私と友梨奈ちゃんなんだろう。

席に座って待っていると30分が経ち、園児達に持ってきて下さいーと言い、みんなそれぞれ紙を持って私のデスクに持って来る。

「海斗くんは何かな?」

「しょうぼーしさん!」

「そっかぁ。かっこいいねー」

「うんっ!!」

みんなの描いた紙を見て尋ねていくと最後に友梨奈ちゃんが紙を後ろ手で隠してもじもじしていた。

「友梨奈ちゃん?先生に見せて?」

そう言うと、「んっ」と紙を見せてくれた。

「友梨奈ちゃんは何かな?」

「りさのおよめさんになるのっ!」

「へ?」

ふふんと笑う友梨奈ちゃんをキョトンと見つめる。

「ずりーぞゆりな!わたなべせんせーはおれのだぞ!」

「ゆりなのだもん!」

私の腕に抱きついてその男の子にベーっと舌を出した。

クソガキ感が出てて私がクスクス笑ってしまうと友梨奈ちゃんは私を見上げる。

「りさー?なんでわらってるの!」

頬を膨らませて怒る友梨奈ちゃんの髪を優しく撫でた。

「ごめんごめん。ありがとね友梨奈ちゃん」

「りさーゆりなとけっこんしてくれる?」

「友梨奈ちゃんが大きくなったらね?」

「りさーっ」

腕に萎んだ頬を寄せていると、先程の男の子がおもちゃのブロックを投げつけようとするのに気付いて咄嗟に友梨奈ちゃんを抱き締めて庇った。

幸いにもおもちゃだったから背中に当たってあまり痛くなかったけど。

「りさ?」

「ん?大丈夫だよ?」

にっこり微笑むと友梨奈ちゃんはぎゅっと抱きついてきた。

「わたなべせんせー、ごめんなさい...」

ブロックを投げつけた男の子は目に涙を溜めて謝ってきたから友梨奈ちゃんから離れ、転がっていたブロックを持って男の子の頭を撫でた。

「えらいね、ちゃんとごめんなさいが言えて。でも、このブロックは遊ぶ物。だから人に投げちゃダメだよ?」

「うん...っ」

泣き出した男の子を抱き締めてよしよしとあやしていると今度は友梨奈ちゃんが背後から私に抱きつく。

「友梨奈ちゃん、お椅子に座って?」

「やだっ!」

「やだじゃなくて、ね?お椅子に座って?」

「やーだーーっ!」

困った子だ...。

と思っているとチャイムの音が鳴り、今度は歌の時間になって友梨奈ちゃんをおんぶしたまま手に持っていたブロックを片付けて席に座らせた。






歌や、運動などをしてお昼ご飯になるとみんなで机を並べ、カバンからそれぞれお弁当を出して手を合わせ「いただきますっ!」と言ってわいわいと楽しく食べ始めるが、友梨奈ちゃんだけお弁当を出そうとせず椅子に座ったまま俯いていた。

近くに寄って「どうしたの?」と聞くが口を噤んだまま俯いてしまう。

その理由はなんとなく分かっている。

友梨奈ちゃんのお家は片親だからみんなのお母さんが作ったキャラ弁当ではなく、コンビニのおにぎり一つとりんごジュースだけの時があって今日がその日なんだろうなと思い、こっそり友梨奈ちゃんのカバンを開けると案の定コンビニの袋が出てきた。

「...友梨奈ちゃん、先生の机においで?」

「...?」

小さな手を握って立たせると自分のデスクに連れて行って膝の上に乗せた。

「りさ?」

「友梨奈ちゃんには先生のお弁当あげる」

耳元で囁くと友梨奈ちゃんは涙目で見上げてきた。

デスクの横からバンダナで包んだお弁当を開けてあげると友梨奈ちゃんは涙を拭って嬉しそうにお弁当を見つめる。

「友梨奈ちゃんのご飯、先生が食べてもいい?」

「んっ」

微笑んで頭を撫でるとにっこり笑って小さな声で「いただきます」と手を合わせて食べ始める姿を優しく見守りつつ、コンビニの梅干しのおにぎりの封を開けて食べた。

「りさ、おいしいよっ」

「ふふっ。良かった」

「...友梨奈ちゃん、今日みたいなコンビニのおにぎりとりんごジュースの時は先生の所においで?」

「...いーの?」

「うん、良いよ」

ヒソヒソ話をして微笑むと愛らしい笑顔を浮かべて卵焼きを小さなお口で頬張る。

こうして見るとどこにでもいる園児なんだけどなぁ。

なんて思いながらおにぎりを食べ終えて友梨奈ちゃんには私の水筒のお茶をあげて、私はりんごジュースを飲んだ。

「ひふぁおいふぃ」

「友梨奈ちゃん卵焼き食べてから喋ろうね?」

クスクス笑って髪を撫でる。

ほっぺたパンパンにして。リスみたいだなぁ。



みんなそれぞれ食べ終えて片付けるのを見守り、友梨奈ちゃんも少し残したけど食べるのをやめて私を見た。

「りさ、もうおなかいっぱい...」

「良いよ。よく食べました」

髪を撫でると嬉しそうに笑って私に抱きついてくる。

「りさすきー」

胸に顔を寄せてすりすりしてきた。

出た。エロガキ...。

「友梨奈ちゃん、そういうことはしちゃいけません」

「なんでー?ゆりななんにもしてないよー?」

惚けた顔をしても口元は笑ってる。

確信犯め。

「はいっ、友梨奈ちゃんみんなと歯磨きして」

私の膝から下ろすと返事をして口を尖らせ歯を磨きに行った。


私はその間、お弁当を片付け席と椅子を退かしてみんなの布団を並べた。

歯磨きが終わった園児達が戻って来ると自分達の布団に寝そべっていく。

暖房がきいた部屋の中でお腹いっぱいになった園児達はそれぞれ眠りに入るが友梨奈ちゃんだけが横になって指で遊んでいた。

そろそろ寝るだろうと、朝園児達がデスクに置いた連絡帳に今日の出来事を書いていく。

寝静まった頃、ようやく私も書き終わるといつの間にか友梨奈ちゃんが私の隣にいたのに驚いた。

「友梨奈ちゃん、どうしたの?ねんねは?」

「ゆりなねむたくない」

それでも目はとろんとしていて、仕方ないなと思い抱っこをしてあげる。

「ねーりさー...」

「んー?」

「ほんとにゆりなのおよめさんになってくれる?」

「そうだねー、ゆりなちゃんが大きくなったらお嫁さんになってあげる」

「やくそく」

小さな小指を出して私を見上げる友梨奈ちゃんを優しく見つめて小指を絡ませて指きりをした。

嬉しそうに笑って友梨奈ちゃんは私に抱きついて眠たい目を擦る。

「寝て良いよ、友梨奈ちゃん...」

背中をぽんぽんとあやす様に叩いているとしばらくして寝息を立て始めた。

あどけない寝顔にほっこりして布団に寝かせてあげようとしたら私のエプロンをぎゅっと握っていたので、自分の上着を友梨奈ちゃんに掛けてそのまま抱っこして寝かせてあげた。




みんなが起き出す頃、私も眠ってしまっていて男の子に「わたなべせんせー?」と身体を揺さぶられて目を開ける。

「っ...ごめんねー、先生も寝ちゃった。友梨奈ちゃん、もう起きる時間だよ?」

髪を撫でて顔を覗き込むとうっすらと目を開けて私を見上げた。

「りさ...おはよー...」

まだ寝ぼけ眼の友梨奈ちゃんに笑って膝から下ろす。

「じゃあみんなお菓子の時間にしようねー」

「はーいっ」

園児達は布団を畳んで友梨奈ちゃんも自分の布団を畳みにいく。

タッパーに入ったお菓子を順番にあげていき、TVアニメをつけるとみんなかじりつく様に見上げてお菓子を食べる。

私はその間布団を綺麗に揃えて畳んでいると友梨奈ちゃんが私のエプロンをぎゅっとまた握ってきた。

「りさーあそぼー」

「うん良いよー。何して遊ぼっか」

「つみきー」

「じゃあ持って来れるかなぁ?」

「うんっ」

おもちゃ入れから積み木箱を持ってきて床に座って友梨奈ちゃんと一緒に遊んだ。


やがてお迎えの時間が来てみんなに連絡帳を渡して帰る準備をして園児達を玄関先まで行き手を振って見送った。

みんなのお母さんが迎えに来る中、友梨奈ちゃん
は一人積み木で遊んでいた。

夕方になり、なかなかお母さんが迎えに来ない友梨奈ちゃんは窓の外を眺めていた。


18時半が回った頃、友梨奈ちゃんのお母さんがようやく迎えに来て友梨奈ちゃんは帰る準備をして
私に抱きついてきた。

「りさー」

「ん?」

友梨奈ちゃんの目線に合わせてしゃがみ込むと突然唇にキスをされた。

「じゃあねー!りさーっ!」

悪戯っぽく笑って、バイバイと手を振る友梨奈ちゃんに困ったように笑って玄関先まで見送る。

「渡邉先生遅くなってすみませんっ」

「いえいえ、大丈夫ですから。友梨奈ちゃん、また明日ね?」

「うんっ!りさあしたねー!」

お母さんに手を繋がれて帰って行く友梨奈ちゃんにふうっと息を吐いて部屋に戻る。






私は何度友梨奈ちゃんにキスされればいいのかと思いながら掃除をした。














END
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