「平手!」
「っ...理佐...」
TVの生放送で出番が終わり、楽屋に戻る途中で聞き慣れた声がした。
もう後少しで一年になる聞いていなかった声。
出番が終わり、各々私服に着替え帰ろうとしていた元欅坂の一期生メンバーも私を見るや否や駆けつけてきて、ばぶー元気だった?とかTV観たよとか声をかけられ戸惑いながらも笑顔を浮かべているのを二期生に混じった理佐は見ていた。
「てちかっこよかったよ!」
「...ありがとう」
微笑んでいると理佐がズカズカと歩み寄ってきて私の腕を掴む。
それを私のマネージャーが止めた。
「ちょっ、渡邉!」
「ちょっと平手借ります」
「理佐!」
櫻坂メンバーを置いて無理矢理櫻坂46様と書かれた楽屋に連れて行かれた。
「......」
「元気だった...?」
「...うん...」
「観てたよ、全部...」
「......」
どんな顔をして見れば良いのか分からず、伏し目がちに掴まれていた手を離させた。
「...友梨奈...」
「...帰る」
「やだ。帰さない」
背を向けようとした私を背後から理佐は抱き締めてきた。
「っ...話す事なんてない...」
「私はあるの......どうして離れたの...?」
「......もう理佐には関係の無いこ、」
「あるっ!...ねえ、どうして何も言わずに出て行ったの...」
「...限界だった...」
「...え...?」
「っ、限界だったの!...もう...終わりにしたかった」
欅坂のメンバーとして孤独を感じていた。
それでも生半可な気持ちでいられる訳もなくて、だけど怪我も一向に良くはならず、これではまたメンバーに迷惑をかけてしまうと思い、私は脱退という選択肢を選んだ。
恋人だった理佐に何も言わずに。
「友梨奈...ずっと会いたかった...」
強く抱き締められると、懐かしい匂いがした。
その匂いを感じた事で甦える楽しかった日々に思わず涙が溢れそうになって顔を上げる。
「友梨奈...ねえ、戻ってきて...」
「...無理だよ...もう...」
「私が...っ...私がどれだけ泣いたか分かる...?」
「っ...」
「家に帰ったら荷物が無くなってて、残していったのはカワウソのぬいぐるみだけ...っ」
理佐も小刻みに震えていて泣いてるんだなと背中越しで感じた。
私も下を向いてぽたぽたと涙を零す。
理佐のいない毎日は虚無感でいっぱいだった。
私も泣かない日なんてなかった。
でも強くならなくちゃと思うほど片割れを失った毎日は酷く辛かった。
「友梨奈...」
「っ...」
身体を離され正面を向かされて、よくされてた頬を撫でる仕草にまた涙が溢れる。
親指で涙を拭われてもどんどん溢れる涙は早々には止まってくれなかった。
「...なんで泣くの...?」
「っ...理佐が泣かせるから...」
「...ねえ友梨奈...戻ってきて...」
「...もう無理、」
「無理じゃないっ。...友梨奈がいないと私...ダメなの...っ」
ぎゅっと抱き締められて私も抱きつきたかったけれどグッと拳を握る。
すると、両頬を包み込まれ、そっと唇を触れ合わされた。
懐かしい感触。手の温もり。
その瞬間、足枷が外れた様に噛み付く様なキスを繰り返した。
理佐の腰を引き寄せ角度を変えて何度も何度も。
ゆっくりと唇を離すと愛しいという想いがぶり返す。
「...私だって...本当は、戻りたい」
「だったら何で、」
「...もう、理佐は一人で生きていけ、」
パシンッという音が鼓膜を響かせ、頬を叩かれた事に一瞬思考が停止した。
「っ、いっつもそうやって自分一人で抱え込んでっ、勝手に決断してっ、私は友梨奈の何だったの!?」
「っ...」
ぽろぽろと涙を零して理佐の大声が響く。
「勝手な事ばっかり言ってっ!どうしてっ!っ、どう、してっ...」
呆然としている私の身体からずるずるとしゃがみ込み、両手で顔を覆って泣き崩れる理佐を見下ろした。
こんな理佐、今まで見た事無かった。
そうだ。
理佐の言う通り、私は自分で自分の首を絞めてた。
欅坂の事を思えば思うほど、孤独感に苛まれパフォーマンスも満足に出来ずに苦しんでいた。
ジンジンと痛む頬に涙が溢れる。
自分のした事は正しかったのか。
理佐から離れた事は正しかったのか。
判断が鈍って頭の中は真っ白だった。
でもただ一つ分かるのは理佐を酷く傷付けてしまった事だけだった。
「...理佐...」
「友梨奈なんかっ、ゆ、友梨奈なんか...っ!」
大声を出して泣き喚く理佐を抱き締めた。
「理佐...ごめん...」
「っ、友梨奈にとって、私なんかどうでも良かった、」
「違うっ」
ぎゅっと強く力が入る。
「...欅坂を脱退して、もう一緒にはいられないって思ってあの日、出て行ったの...」
「...っ」
「...でもそれが、大きな間違いだったって...今、気付かされた」
「友梨奈...っ」
理佐は顔を覆っていた手を下ろし、私は涙で濡れたその頬を拭って眉を下げて見つめた。
「...深く傷付けてごめん...」
「っ、友梨奈ぁーっ」
抱き締め合って泣きじゃくる彼女の髪を撫でて首筋に顔を埋める。
理佐がこんなに弱いなんて気付かなかった。
ごめんね。ごめん。
心の中で謝罪の言葉を何度も繰り返してずっと抱き締めていた。
しばらくして泣き止んで肩で息をする理佐は身体を離して、まだ涙で滲んだ目で私を見つめる。
「...理佐...」
「...なに...?」
「...もう一度、チャンス...くれないかな...?」
「...チャンス...?」
「うん......戻ってもいいかな...あの家に...」
「っ、...うん...っ」
また泣きそうになる理佐にキスをした。
首に腕を回して受け入れてくれた理佐が愛おしい。
ゆっくりと唇を離すと指を絡め、綺麗な涙を流す理佐を困った様に微笑んで見つめる。
「泣き虫になったね、理佐」
「友梨奈のせい」
「ごめん。...もう泣かせないから」
「...本当...?」
「...うん。あー、理佐目が真っ赤...」
「それも友梨奈のせい」
「ごめんね」
「ふふっ。許してあげる」
もう一度キスをして額を合わせて微笑みあった。
「...そうだ。友梨奈初詣行ってないよね」
「うん、まだ行ってない」
「...これから一緒に行かない?」
「行こっか、一緒に。着替えて来るから...って、一緒に行く?楽屋」
「行くっ」
立ち上がり、指を絡めて櫻坂の楽屋を出た私達は平手友梨奈様と貼られた楽屋に向かった。
楽屋の外には私のマネージャーが携帯で誰かと話をしていて、私達を見ると「渡邉はこっちで送るから」と言って通話を切った。
「全く。...二人共あの頃から変わらないな」
「田崎さんごめん」
「いいよ。平手、渡邉と帰るんだろう?送るよ」
「ううん、今日は初詣に行きたいから自分で帰る」
「...分かった。気を付けて帰るんだぞ」
「うん。ありがとう」
田崎さんはにっこり笑って私達の髪をわしゃわしゃと撫でた。
「んーもう!田崎さん!」
「田崎さん相変わらず」
くしゃくしゃになってしまった髪を直しながら怒ると理佐はクスクスと笑いながら自分の髪を直す。
「じゃあ先に事務所戻ってるからな」
「うん。お疲れ様」
「っと、平手、明日休みだからゆっくりしろよ」
「うん、分かった」
田崎さんと別れて理佐と一緒に自分の楽屋に入ると衣装を脱いで私服に着替え、脱いだ衣装と鞄を持ってスニーカーを履いた。
「友梨奈痩せたね...」
「そうかな...理佐、行こう?」
「...うん」
座っていた理佐の手を掴んで立たせ、楽屋を出ると衣装さんの所に行って衣装を返す。
そしてマフラーを首に巻いてマスクを着け、理佐もマスクをバッグから取り出して着けて二人で受付で楽屋の鍵を返してエントランスを出た。
「友梨奈かっこよくなったね」
「えーなにそれ」
外に出て理佐の手を私のジャケットのポケットに入れて握る。
「寒いねー」
「うん。でも理佐の手あったかい」
「友梨奈もあったかいよ」
二人して微笑んで神社に向かう。
数十分歩いただろうか。
小さな神社に着くと人はまばらで間隔を空けて並ぶと直ぐに私達の番になって財布から小銭を出して賽銭箱に入れ、二人で手を合わせてお祈りをした。
(理佐とずっと一緒にいられます様に)
(友梨奈と一緒にずっといられます様に)
タクシーで理佐の家に帰ってる中で小声で尋ねる。
(何お祈りしたの?)
(秘密。友梨奈は?)
(秘密)
(ふふっ)
ずっとずっと二人でいられます様に。
END
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お読み下さりありがとうございました。