「ねえねえお姉さん」

会社帰り、不意に声をかけられてそちらを振り返ると金髪でパーカー姿の女の子がこっちを見て駆け寄ってきた。

「私を買ってくれないかな?」

「へ...?...買う...?」

頭の先から足の先まで凝視する。

「2万でどう?」

どう見ても未成年だよなぁ。

返す言葉に困っていると「ダメか...」と呟きその場を去ろうとした彼女の腕を慌てて掴んだ。
なんで掴んだのかは分からなかった。

「分かった。買う」

「...本当に?」

「うん」

にっこり微笑んだ彼女は手を繋いできて、私は一瞬どきっとしながらも手はそのままにしてマンションへと向かった。







マンションに着きエントランスを通って自宅の前に来ると鍵を開けて中に入れる。

「お邪魔しまーす」

施錠をしてリビングに向かう彼女の後を追う。

「へー、お姉さん良い部屋住んでるね」

「そうかな...」

寝室に向かい、スーツを脱いでハンガーに掛けると彼女が白のタンクトップ姿で入ってきたのに気付く。

「お姉さん綺麗な身体つき」

「そんな事ないよ」

下着姿の私を見てる視線を感じていると彼女はゆっくり近付いてきて私の手を取りベッドに押し倒した。

「...いつもこんな事してるの?」

目の前に陰が出来てキスをしようとしてきた彼女に呟くと固まって動きを止めた。

「...歳は?」

キスを止めてベッドに座った彼女を見つめる。

「...17」

「学校は?」

「...行ってない」

「名前は?」

「...友梨奈」

「...両親は?」

「...いるけど二人共嫌い」

「...で、こんな事してるんだ」

気まずそうにする友梨奈の隣に座って顔を見る。

女の子にしては中性的な顔つきだなぁ。

なんて思っているとこっちを見つめてきた。

「...お姉さんは?なんて名前?何歳?」

「理佐っていうの。歳は21」

「どんな字?」

友梨奈の手を取って理佐と書くと納得してこくこく頷く。

「ゆりなは?」

私の手を取って友梨奈と書く。

「可愛い名前」

そう言うと口を曲げて首を左右に振った。

と、思ったら友梨奈のお腹が鳴ったのに気付き、クスクス笑った。

「笑わないでよ」

「ごめんごめん。ご飯食べよっか」

下着姿だった私は部屋着に着替えてキッチンに行くと友梨奈も付いてきた。

「ソファーに座ってて良いよ」

言われるがままにソファーへと向かった友梨奈。

素直じゃん。

クスッと笑って冷蔵庫を開けて、お豆腐の味噌汁とほうれん草のゴマ和え、あと卵焼きを作る為に冷蔵庫から取り出して料理を作り始めた。

「お姉さんて彼氏いるの?」

「いたら友梨奈ちゃんの事買ってないよ」

「そっか...」

「というか私男性は恋愛対象じゃないから」

「へー同じだね」

「そうなの?」

包丁を持って振り向くと彼女は側まで来ていて危うく当たる所だった。

「あっぶなー」

「友梨奈ちゃんが側にいるなんて気付かなかった」

「ねえ、ちゃん付けやめて。友梨奈でいい」

「友梨奈ね」

「理佐さん」

「友梨奈もやめて」

「理佐?」

「うん、それで」

キッチンの側に置かれた椅子に腰掛ける友梨奈はじっと私の方を見ていた。

「...家に帰ってるの?」

「ここ半年帰ってない」

「え?寝る時とかどうしてたの」

「友達の家で寝たり、公園で寝たり」

「よく補導されなかったね」

「ん」

「...友梨奈さえ良かったらこの家に居てもいいよ」

「...まだ私の事良く分からないのに?」

「その時はその時」

「ふふっ。理佐って面白い」

「面白い?」

「うん」

「...よし、おかず出来たから食べよっか」

「うん」

おかずとご飯などをテーブルに並べて向かい合わせで座った。

いただきますと言ってご飯を食べ始める彼女を心配そうに窺った。

「ん!おいひい!」

「良かった」

「こんな美味しい手料理食べたの久しぶり」

「そっか。...友梨奈の家族心配してない?」

すると目を伏せて箸が止まる。

「連絡も何も無いからしてないと思う」

「携帯は繋がるんだ」

「ん。悪い連れと遊びまくってるから飽きれられてんのかもね」

笑ってぱくぱくとおかずを食べる友梨奈に同情した。

「あ、理佐、お風呂入ったら気持ちいい事してあげるね」

「...それは身体の関係?」

「ん」

「良いよ。気にしなくて。2万はあげるから」

「...真面目」

「そんなつもりで友梨奈を買った訳じゃないし」

「いいの?本当に」

「うん」

「理佐みたいな人初めて」

「てか何回目なの?これで」

「5〜6回」

「もうやめな?」

「でもお金、」

「お金の心配ならいらないから」

「...理佐って変わってる」

「17なんだからそんな事させられないだけ」

「...分かった」

なんだかホッとしてご飯を食べ終えるとシンクに置く。

友梨奈も食べ終わって食器類をシンクに置くと洗い始めた。

「私が洗うのに」

「いいの。これくらいさせてよ」

「じゃあお言葉に甘えて。ありがとうね」

髪をわしゃわしゃ撫でると友梨奈は照れくさそうにした。

髪を撫でた後、お湯を張りに行ってソファーへと座った。

洗い物を終えた友梨奈は隣に座る。

「ちょっと待ってて」

そう言い残し寝室に入るとお財布から2万を取り、ソファーに戻った。

「はい」

友梨奈の目の前に2万を差し出す。

「本当にくれるの?」

「うん。約束だし」

「ありがとう」

ポケットの中に友梨奈は2万を入れる。

隣に座ると友梨奈が覆いかぶさってきて強引にキスをしてきた。

顎に手を添えて噛み付く様に何度も唇を貪る。

ちゅっとリップ音を立ててゆっくり唇が離れるのを見つめた。

「...17のくせに生意気なキス」

「慣れてるからね」

何故か私はその言葉に少し腹が立った。

「...確かにやり慣れてる感あった」

「ふふっ。またキスする?」

「もういい」

友梨奈の身体を押して座り直すと首筋にキスをされ、肩を竦めた。

「友梨奈もうだめ」

「だってしたいんだもん」

「言ったでしょう?そんなつもりで買った訳じゃないって」

「理佐の頑固」

「頑固って事じゃない」

「つまんない」

「全く。17のクソガキが覚える事じゃない」

「クソガキってひどくない?」

「クソガキはクソガキ」

背もたれに凭れた友梨奈は口を尖らせていた。











やがてお風呂のお湯張りが終わると先に入らせて、Tシャツとハーフパンツなどを持って浴室内にいる友梨奈に声をかけてソファーに座って友梨奈が出てくるのを待った。

少ししてから浴室が開いてTシャツとハーフパンツを着て、タオルでガシガシ髪を拭いて友梨奈がやってきた。

「理佐お風呂ありがとう」

「いえいえ。じゃあ私入って来るね」

そう言って着替えを持って脱衣所に向かった。










お風呂から上がって衣服を纏い、髪を乾かし終わりリビングに行くと友梨奈はソファーで眠っているのに気付き近寄った。

「友梨奈髪乾かすよ?」

「うーん...」

洗面台からドライヤーを持って来て何とか身体を起こすと温風を髪に当てて乾かした。

髪を乾かし終えると友梨奈を抱き上げて寝室に運びベッドに寝かせて自分はドライヤーを片付けに行った。

そして再び寝室に入って扉を閉めると友梨奈の横に寝そべる。

すると友梨奈の手が何かを掴もうと彷徨ったので私の腰に巻き付けると大人しくなって寝息を立て始める。

あどけない表情に切なくなって抱き締めると胸に擦り寄ってきた。

友梨奈を手放したくない。

こんな感情、初めてだった。 

目を閉じて友梨奈の髪に鼻先を埋め、私も眠りについた。











 


翌朝、目が覚めると友梨奈の姿は無かった。

一人ぼんやりとソファーに座って友梨奈の事を考えていた。

...また誰かを...

と思い巡らせていた。
















あれから一週間が経った。

時折友梨奈を探している自分がいた。


いい加減忘れなきゃ。


そう思い、歩いているとコンビニ前でたむろしていた男達に囲まれた。

「お姉さん、可愛いね。俺達と遊ばない?」

「...そんなつもりないので」

「つれないなぁ。良いじゃん、ね、遊ぼうよ」

腕を掴まれて拒んでいると誰かが男を蹴飛ばし、私の手を掴んで走り出した。

マンションのエントランスに着くと相手が友梨奈だと気が付いた。

「っ...友梨奈...っ」

思わず友梨奈に抱きつく。

私が泣いていると顔を覗き込んで、ん?と優しく微笑んで頬を伝う涙を親指で拭う。

「ごめん...やっぱり理佐から離れられなかった」

「...友梨奈」

「一緒に...いてもいい?」

「一緒じゃなきゃやだ」

友梨奈はポケットから2万を出すと、

「これで私を買ってください」

と呟き私を見据えた。

「...はい」

私は頷いて友梨奈を愛おしく強く抱き締めた。

そして額を付け合い、手を握って幸せそうに笑った。





















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お読み下さりありがとうございました。