「友梨奈はどこまで覚えてるの?」
二人で湯船に浸かってふと尋ねた。
「うーん...皆と円陣組んでステージに上がるまで」
「で、曲が始まると」
「もう覚えてない...」
おいで、と手を広げると太腿に座って抱きついてくる。
髪を撫でて抱き締めるとすりすり擦り寄ってきた。
「不協和音好きじゃない」
友梨奈の腕に力が入った。
本当に好きじゃないんだろうな。
ましてや意識を飛ばすくらいだから余計に。
「そっか...やな事聞いてごめんね」
「ううん大丈夫」
顔を上げて首を左右に振る彼女。
いつもの彼女だ。
友梨奈から口付けられ目を丸くするが、ふふっと微笑んで受け入れる。
ゆっくり唇が離れると自分の唇をぺろっと舐める友梨奈。
10代とは思えない色気が漂う。
「...もう上がろっか」
「うん」
浴室を出てタオルで身体を拭くとショーツに脚を通して部屋着に着替える。
友梨奈も同じく、身体を拭き終わるとショーツを穿いて部屋着に着替えた。
スキンケアを一緒に並んでして私が先に髪を乾かすと、友梨奈はボサボサの髪でリビングに向かう。
無頓着な友梨奈らしい。
髪を乾かし終わると、ドライヤーを持ってリビングにいく。
すると紅茶を飲んでいた。
「友梨奈、髪乾かすよ」
「えー...」
「めんどくさいのは分かるけど」
「はーい」
私がソファーに座って脚の間に友梨奈を座らせる。
ブオーーッと音をあげながら友梨奈の髪を乾かしていく。
友梨奈の髪は短いからすぐ乾いた。
「はい、終わり」
「理佐、ありがとう」
「はいね」
ドライヤーを片付けると、キッチンに立つ。
炊飯器のご飯の量を確かめて二人分あるなと確認すると、晩ご飯はなににしようかと考えながら冷蔵庫を覗く。
そういえば冷凍庫に餃子がある。
それと目玉焼きにハムを乗せたのを作ろうと準備にとりかかった。
といきなり腰に腕を回して抱きつかれた。
「友梨奈ー、危ないでしょ」
「んふっ、ごめんなさーい」
「TVでも観てて?」
「やだ...理佐と一緒がいい」
背中越しで伝わる友梨奈の心臓の音。
どくんどくんと脈を打ってる。
こっちが手に付かない。
椅子を立てて、
「友梨奈はここに座ってなさい」
「えーなんで」
「ご飯作れないから」
「作れるじゃんー」
無邪気な友梨奈に顔を近付けてキスで唇を塞いだ。
「...こういう事したくなっちゃうから言ってんの」
「理佐のえっち」
「好きな子が側にいるんだから当たり前でしょう」
えっちとは心外な。
でもあながち間違ってはいないけど。
目玉焼きとハムを二人分フライパンに乗せて軽く蒸す。
水分が飛ぶと焼き色が付くまで焼く。
それを二人分のお皿に乗せてテーブルに置いた。
友梨奈は鼻歌を歌いながら大人しくしていた。
二人セゾンだ。なんて思いながら冷凍庫から餃子を出した。
私もつられて鼻歌を歌いながら餃子を焼いた。
あの頃の友梨奈はよく笑ってた。
今は歌うと狂気にも似た表情で歌を歌う。
まるで取り憑かれた様に。
周りの大人達がそうさせたんだ。
蒸してる餃子を見つめながら思い耽った。
「...理佐?」
「...ん?」
「どうかした?」
小首を傾げて見上げてくる。
「...友梨奈、頑張ってるなって思って」
「私、頑張ってるのかな...」
「頑張ってる。友梨奈は自己評価が低すぎる」
「うーん...って言われても自信ないし」
私の服をぎゅっと握ってきた。
ぴょんぴょん跳ねてる髪を撫でて、お皿をフライパンにかぶせひっくり返すといい感じに焼けた。
「美味しそうっ」
「ふふっ。あとはお味噌汁だけだからね」
洗い物をしようとすると友梨奈は私がやると腕まくりをした。
「じゃあ友梨奈お願いします」
「うんっ」
嬉しそうにはにかんで洗い物をし始める。
可愛いなぁ。
「友梨奈」
「んっ?」
ちゅっと唇にキスをした。
んふふと笑う友梨奈に私も自然と笑顔になる。
お豆腐とわかめのお味噌汁を作り、お碗に入れてテーブルに置く。あ、あとご飯をとお茶碗を持った時だった。
携帯が鳴るのに気付き画面を見た。
マネージャーからだ。
「もしもし」
「渡邉、平手もそこにいる?」
「はい、いますけど」
「ごめん勘違いしてた。明日歌番組の収録があるの」
「え、あるんですか」
「明日11時に迎えに行くから。よろしくー」
「はい」
通話を切ると友梨奈が眉を下げて立ち尽くしていた。
「友梨奈...」
「やだ...行きたくない...」
「...友梨奈、私がいる」
「理佐...」
駆け寄って抱きついてきた。
「とりあえずご飯食べよう?」
友梨奈の身体を離して、手を引っ張り座椅子に座らせた。
ご飯をお茶碗に入れ、二つ持ってテーブルに置く。
友梨奈は浮かない顔をして膝を抱えた。
「友梨奈、食べて薬飲もう?」
「...うん」
箸を持って、いただきます、と小さな声で呟きご飯を食べる友梨奈。
私も隣でちらちらと友梨奈を気にしながらご飯を食べた。
しばらくして友梨奈は箸を置いた。
「もう食べれない...」
見ると半分くらいしか食べてなかった。
「友梨奈...忘れちゃった?」
「...?」
「辛いのは5対5」
「...忘れてないよ」
「友梨奈の辛さ、私に分けて?」
そう言うと目を潤ませて抱きついてきて、私はぎゅっと抱きしめ返した。
「ご飯もうちょっと食べて欲しいなぁ」
「...食べる」
「良い子」
髪を撫でて微笑むと友梨奈は身体を離してお味噌汁を飲んだ。
「えらいえらい」
お味噌汁を飲み干してわかめとお豆腐もしっかり食べる。
「もういいよ。よく食べれたね」
にっこり微笑んで呟くとようやく友梨奈の顔に笑みが溢れた。
しばらくして私も食べ終え、残ったおかずを明日の朝食べようとラップを巻いて冷蔵庫にしまった。
食器類を片付けると友梨奈に水の入ったコップを渡す。
「友梨奈、薬」
「あ、そうだった」
袋から数種類の薬を出して一粒一粒口に入れて水で一気に飲み込む。
「飲み忘れはない?」
「ん...大丈夫」
今日処方された薬も飲んだのかな。
「じゃあ歯磨きして寝よう」
「うん」
友梨奈の手を握って洗面台に向かう。
友梨奈はよく泊まるから友梨奈用の歯ブラシが置いてある。
二人で歯を磨き、しばらくしてから口をゆすぐ。
タオルで口を拭くと友梨奈に手渡す。
友梨奈も口をゆすいで受け取ったタオルで口を拭いた。
寝室に入り、先に友梨奈をベッドに寝かせてそれから私も横になる。
友梨奈用に枕を買ったけど私が抱き寄せるから意味をなしてない。
「友梨奈...」
「理佐...」
胸に顔を埋めて服をぎゅっと握る友梨奈。
大丈夫だよと言うようにきつく抱きしめて目を閉じる。
友梨奈が明日倒れません様に...。
ーーーーーー
翌日、目を覚ますと友梨奈はすやすや眠っていた。
寝顔可愛いなぁ。
時計を見ると9時半過ぎだった。
「友梨奈...友梨奈」
「ん...?」
「もう起きて」
目を擦って起き上がる友梨奈は「朝が来ちゃった」と呟く。
「友梨奈着替えて」
「うん...」
箪笥から友梨奈の服を出し、自分のも出すと着替える。
洗面台に向かうと顔を洗い、歯を磨く。
寝室に行くと部屋着を脱いでブラジャーを着けてる友梨奈は気怠そうにしていた。
「友梨奈、顔洗って歯磨きして」
「...ん」
私服に着替えるのを見届けると手を引っ張り洗面台に連れていく。
口をゆすぐと歯ブラシを置き場に戻す。
友梨奈は明らかに元気が無い。
隣でスキンケアをして心配そうに見つめる。
「ご飯作ってくるからね」
言い残してキッチンに行くと食パンをトースターに入れた。
紅茶も二人分入れる。
なかなか洗面台から出て来ない友梨奈が気掛かりで、焼けたトーストをお皿に乗せる。
やっと出てきた友梨奈にほっとして、
「友梨奈、パン食べて薬飲もう?」
「うん...」
トーストを持って食べ始める友梨奈を見守って私もトーストをかじる。
「どうしよう...また倒れたら...」
「友梨奈、大丈夫」
励ましてあげる事しか出来ない自分が悔しかった。
「ごちそうさまでした」
半分くらいしか食べてない友梨奈を褒める。
「よく食べたね」
「でも残しちゃったよ」
「いいの。食べれる分えらいよ」
友梨奈は紅茶を飲んで息を吐いた。
「ん、もう行かなきゃいけない時間だ」
私も紅茶を飲んで、支度をした。
友梨奈も重い腰を上げて支度をする。
「友梨奈、薬飲んで」
「...ん」
水を渡すとシートから一粒ずつ取り出してそれを一気に口に入れる。
それから水で流し込む。
友梨奈は立ち上がり手を握ってきた。
「友梨奈、行くよ」
「ん...」
暗い顔をする友梨奈の手を引っ張り靴を二人で履くと部屋を出て鍵を閉めた。
大型車が着いており、慌てて二人乗り込んだ。
メンバー皆におはようと言って、友梨奈の隣に座った。
「ゆ...平手」
「...ん?」
危うく友梨奈と呼びそうになり慌てて訂正した。
「これ、お守り」
自分の着けていた細いチェーンのネックレスを友梨奈の首に着けた。
「理佐...」
バスの中メンバー全員がいる所で抱きしめてあげられないのが辛い。
友梨奈は私の肩に頭を乗せてきた。
私もこつんと頭をつける。
程なくしてスタジオに賑やかなバスが到着した。
「平手、行くよ」
手を握ってバスを降りる。
受付を通り楽屋へ向かうと衣装さんから自分の名前のついた衣装を受け取る。
友梨奈も受け取ると早速更衣室で二人で着替えた。
「友梨奈...」
「...?」
ちゅっと唇にキスをして微笑む。
更衣室から出て私服を鞄の上に乗せ、椅子に座った。
友梨奈も私服を鞄の上に置いて私の隣に座る。
談笑しながらみんなも衣装に着替え始めた。
「てち大丈夫?」
茜が心配そうに見つめる。
「ん、大丈夫」
「はい、順番にヘアメイクするよー」
ヘアメイクさんが呟き、友梨奈と私が先にメイクをした。
「平手ちゃん顔色悪くない?」
「大丈夫です」
苦笑いしてメイクをされる友梨奈。
私も他のメイクさんにメイクをされながら「出来たよー」と言われてお礼を言う。
友梨奈の方も出来たみたいで、一緒に元の位置に戻った。
みんなメイクが終わった頃、歌番組の収録が始まった。
廊下に円陣を組んで合言葉を言い合い、私は友梨奈の背中を叩いて私も他のメンバーから背中を叩いてもらう。
「欅坂46さんのご登場です!」
ステージ裏で立ち位置を確認してみんなステージに横たわる。
「欅坂46で、不協和音です」
メロディーが流れてきて友梨奈がふらふらと立ち上がってみんなも起き上がると拳を突き出す。
友梨奈、あなたの背中を見てるよ。
曲が佳境に入ると友梨奈の「僕は嫌だ!!」が渾身の力で叫ばれた。
みんなで並んで終わりを迎えると立ち上がった友梨奈がふらっと倒れそうになるのを支えてステージ裏に行く。
「平手、大丈夫?」
「うん...」
「頑張ったね」
「理佐のネックレスのおかげ」
「それもあるだろうけど薬のおかげでもあるかも」
「うん...」
歌いきった彼女はほっと息を吐いた。
「今日は覚えてる」
「やっぱり薬のおかげだよ」
「理佐のおかげなの」
頑として曲げない友梨奈にクスクス笑い、手を引いて楽屋に戻った。
「てち今日は大丈夫だったね」
「うん」
「良かった良かった」
髪を撫でられて嬉しそうに笑う彼女を優しく見つめる。
私はあなたの辛さを5対5で分けられたのかな。
だとしたら嬉しい。
これからもあなたを守るから。
だから、あなたはあなたらしく笑っていて。
END
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お読みくださりありがとうございました!