喫茶店の扉を開いてただいま...と呟いた。
柊さんはなんとも言えない表情を浮かべた私を見て普段と変わらず接してくれた。
「おかえり。風邪引くからお風呂に入っておいで」
「うん...」
ごめん残しちゃった...とお弁当を鞄から出すと気にするなと柊さんは微笑んで受け取った。
重い足取りで階段を上り、自室に入ると鞄を置いて濡れた服を脱ぐ。
白のタンクトップ姿で絨毯に座り、膝に頭を擦りつけた。
どうしてこんなにも苦しいのか分からない。
愛がどんなのかすらも分からない私は、どうすればいいの?
「...お風呂入って来よう」
重い足取りで寝間着を取り出すと浴室に向かった。
「好きってどんな気持ちなんだろう...」
湯船に浸かってズズズ...と身体を沈めて頭まで浸かった。
お風呂から出ると金髪の髪を無造作に乾かし、くしで整えた。
お店も閉まり、寝間着姿のままカウンターに座る。柊さんは赤い血をグラスに注ぎ、私の前に差し出した。
「ねえ柊さん...」
ストローでかき混ぜながら尋ねてみた。
「愛って...どんな感情...?」
「...どうしたんだい。急に」
「...分からないから聞いてるの」
ストローで血を飲むけど、いつも慣れないこの味は。
「愛って言うのは心臓がチクチクしたり、この人の事が大好きだって思う事かな...?」
「息苦しいのは...?」
「それも愛だよ」
じゃあ私は先輩の事が好きって事...?
でも女同士だよ。無理に決まってる。
「...良くわかんない」
「俺も友梨奈を愛してるぞ?」
「んもう...混乱する」
血を飲み干してグラスを台に乗せた。
「もう私寝るね...おやすみなさい」
「うん、おやすみ」
自室に戻って布団に入ると携帯が震えたのに気付いて画面を開く。
あ、ねるからだ。
《明日体育だから体操服忘れずに!》
優しいなあねるは。
ありがとう...とお礼を打つとまた携帯が震えた。
《理佐に携帯教えといたから!勝手にごめん!》
え...いつの間に?
調べてみたら知り合いかもの一覧に先輩の名前が載っていた。
勇気を出して、友達登録してみた。
来ないかも知れない...でも不安よりも期待の方が勝ってた。
数分後、携帯が震えたのに気付いてすぐ確認した。相手はやっぱり先輩からだった。
嬉しくなってカワウソのぬいぐるみを抱き締めた。
《友梨奈、今日は楽しかったね。また一緒に帰ろうね》
約束事が出来た事がこんなにも嬉しいなんて思わなかった。少しうるっときて、鼻をすすりながら
《はい、よろしくお願いします》
とだけ打っておいた。
今日は幸せな事があった事に感謝をして眠りについた。
ーーーーーー
朝、小鳥のさえずりで目が覚めた。
なんて素晴らしい世界なんだと思いながら、支度をする。
階段を軽快に下りて柊さんにおはよう!とにっこり挨拶をした。
「友梨奈どうしたんだい?今日は元気じゃないか」
「うん、いい事あってね」
満面の笑みでお弁当を受け取り、鞄の中に入れた。
「友梨奈は笑ってるのが一番だよ」
「へへっ」
はにかんで朝ご飯を食べた。
時計を見てもう行く時間だとカウンターから離れると行ってきます!と柊さんに告げた。
そんな柊さんは少し表情を曇らせていた事にちっとも気づかなかった。
早い足取りで校門に着くと昨日の一件があってからか理佐先輩の取り巻き連中は校門には居なかった。
先輩安心して学校に来れるなあ。と思いながら歩いているとどこからかボールが飛んできて頭に当たった。
「ったー...」
「ごめんごめん!わざとじゃないのー」
キッと睨みつけると昨日の連中だった。
無視して玄関について下駄箱を開けると上靴に落書きがされてあった。
《死ね、消えろ、アホ》
そんな言葉が書かれてあった。
ガキの虐めなんだから気にしないでおこうと、上靴をそのままにして教室へと向かった。
教室に入るとねるがてちーと涙声で話しかけてきた。
「どうしたの...?」
そう尋ねると「やばいよアイツら」と呟いてきた。
「ねる...私なら大丈夫だから」
安心して?と優しく微笑んで背中を撫でた。
すると、突然名前を呼ばれ、気だるそうに振り返ったら見た事のない子が紙を持っていて私に差し出してきた。
渡し終わったらそそくさとA組から出ていってしまった。
「なに...?」
ねるが不安そうに紙を見つめている。
私は紙を広げると「15時に体育館の裏で待つ」とだけ書かれていた。
「てち、行くの?」
「...まあね。呼び出しくらったからね。ねる...この事は理佐先輩には内緒にしといて」
安心してとねるに微笑んだ。
大丈夫。こんな事慣れっこだから。
時間はコクコクと過ぎていってあっという間に15時になった。
時間通りに15時に行くと取り巻き連中達がここぞとばかりにニヤついて待っていた。
「平手ちゃんよく来たね」
「...呼び出したのはそっちでしょ。...で何?私暇じゃないんだけど」
そういうと主犯格の女が生意気なんだよ!と鉄パイプを振りかざしてきた。
私は寸での所で鉄パイプをかわし、隙を見せた相手のお腹に蹴りを1発入れた。
だけど、背後から2人に取り押さえられて身動きが取れなくなってしまった。
《やられる...!!》
そう思った瞬間には何発も殴られてしまった。
口端が切れて血の味が口内に広がる。
そして鉄パイプで頭を殴られて意識が飛びそうになった。
すると、
「あんたら何してんの」
と男の人の声がした。
「暴力現場はっきり撮ったから」
「やばいよ逃げよっ!!」
取り巻き連中は急いでその場から逃げていった。
...頭ぼーっとする。
それでもふらつきながら立ち上がろうとすると男の人に支えられた。
「あんま無理すんなって」
「っ...ありがと...ございま...す...」
「友梨奈!!...っ愛貴!?」
理佐先輩の声がした所で意識を手放した。
ーーーーーー
あれから保健室に連れて行かれ手当てをされてベッドで眠っていた。
「理佐、あんまり自分責めるなー」
「だって私の所為で...っ」
「...大丈夫。証拠動画撮っといたから。アイツら退学処分だろ」
「友梨奈、ごめん...っ」
「理佐私もごめん...黙ってて」
「ねるも悪くないの...っ」
愛貴は椅子に座ってクルクル回っていた。
先輩はずっと私の手を握っていた。
「...ん、...っ?」
「友梨奈!」
「先輩...?どうして...泣いて...」
「ねるから聞いた。虐められてたんだって?」
「あ...それは...」
「隠そうとしないで。友梨奈...」
「...迷惑...かけたくなくて...」
起き上がろうとすると頭がひどく痛んだ。
頭に包帯が巻かれているのに気付く。
「友梨奈、今日からずっと私と一緒に登下校だからね」
「...え」
「...嫌...?」
「全然...っ...嬉しいです...」
「いーなー。理佐、てちの事独り占めし過ぎ!」
「なんだよみんなこの子の事好きなんか」
視線の先には見知らぬ男の人が居た。
「そうだよー。あんた友梨奈に手出したらぶっ殺すからね」
「マジかよっ。怖いなー女は。つーか理佐がな」
目の前にいる愛貴という人がどうやら助けてくれたらしい。
言われてみれば意識を失う直前どこかで男の人の声がしたのを思い出した。
「ねえ愛貴、その暴行動画写真に出来る?」
「おう、出来るよ。早速今日写真にするわ」
「よろしく。ありがとね」
私がベッドから下りると先輩は身体を支えてくれた。
ねるが私の鞄を持ってくれて、愛貴はヘッドホンをしてみんなで学校を後にした。
「友梨奈...一人じゃないからね」
先輩はそうぽつりと呟いた。
みんなを見ると頷いて微笑んでくれた。
私は目を潤ませてこくんと頷いた。
今まで友達なんてものは無縁だと思っていた。
一人ぼっちで生きていくんだと。
でも、そうじゃないと感じさせてくれるみんながあまりにも優しくて涙が零れた。
「友梨奈、辛い?」
「どがんしたとー?」
「泣き顔可愛い」
「おい、愛貴」
私は今めちゃくちゃ幸せだ。
鼻をすすりながら先輩に支えてもらいながら歩いて行くとお店が見えてきた。
「友梨奈...今日家にくる?」
「...へ...?」
思わず涙が止まった。
「今日は友梨奈の事帰したくない」
そう呟いた先輩は真面目な表情を浮かべていた。
「...はい...」
私は俯きながら小さく頷いた。
「よし、じゃあマスターと交渉だ」
満足そうに笑ってお店の扉を開いた。
柊さんは私の姿を見て駆け寄って来てくれた。
「嫌な予感がしたんだ...やっぱりか」
「あの...今日私の家に泊まらせてもいいですか?」
すると柊さんは先輩を見て、「あ、理佐ちゃんじゃないか」と今更ながら気がついた。
「柊さん遅いよ...」
私が溜め息を零すと苦笑して「本当だな」と呟いて頬を掻く。
「友梨奈が大丈夫なら泊まらせてもらいな」
その方が今の友梨奈にとってはいいだろうと柊さんは頷いてくれた。
「ありがとう...柊さん」
嬉しくてそう呟いた。
「先輩...私荷物持ってきますね」
先輩から離れると自室に向かって、小さなキャリーケースに荷物を詰め込んだ。
まだ頭はがんがん響くけど、堪えながらキャリーケースを持って先輩達がいる下に降りた。
ねるから鞄を受け取り、じゃあねと手を振った。
愛貴は俺も帰ろ、と呟いて帰って行った。
「理佐ちゃん、友梨奈寝相悪いから気をつけてね」
「っ!ちょっと柊さん!」
大声を出した途端ズキンと頭に響いて顔を歪ませると先輩が大丈夫?と心配してくれた。
私ははい...と頷いてフードを目深に被った。
「じゃあマスター、友梨奈ちゃん預かりますね」と私の手を握って微笑んだ。
よろしくと柊さんが見送り、私達はお店を出た。
「あ、友梨奈」
「はい...?」
「私ひとり暮らしだから安心してね」
「...分かりました」
先輩と二人。
考えただけでドキドキする。
道中、私の心臓は高鳴ってうるさかった。
しばらくしてマンションに着くと先輩は家の扉を開け、私の荷物を持って中に入った。
「友梨奈...?」
「...あ、お邪魔します...っ」
スニーカーを脱いで隅に寄せ、部屋中を見渡した。
殺風景だけど綺麗にされた部屋はとても先輩ぽくて私好みだった。
「友梨奈、何飲む?」
「あー...えと...なんでもいいです」
「じゃあミルクティーね」
微笑んでそう呟くとタピオカミルクティーを私に差し出してくれた。絨毯に座ってありがとうございます...とストローをさして口に含む。
甘くて美味しい。なんか癒される。
なんて思ってたら先輩も隣に座ってこっちを見てた。
「友梨奈、もう頭の包帯外すよ?」
「え...はい...」
フードを下げられ、包帯外してガーゼを取ってくれた。
「うん、もう大丈夫だね」
「ありがとうございます...」
照れくさくて頬を紅く染めていると、先輩が私の肩にこてんっと頭を乗せてきた。
「っ...先輩...?」
「友梨奈...ごめんね」
「...なんの事ですか...?」
「怪我させちゃった事」
「...大丈夫です...先輩が怪我するよりも私が、」
「友梨奈っ!...それ以上自分を傷付けるなら許さないよ」
「...はい...」
私がしゅんとしていると、ぎゅうっと抱きしめられた。先輩は自分に厳しく、人に優しいからすごいなーなんて思っちゃう。
「友梨奈...」
「先輩...?」
「...友梨奈が無事で良かった...っ」
泣き出してしまった先輩にあたふたしているとさらに抱きしめられた。
「先輩...泣かないでください...先輩に泣かれると私...困っちゃいますよ」
「っ...友梨奈ぁ〜」
ひーんと泣いてる先輩をなだめながらも、今この瞬間が嬉しくてふふっと微笑んだ。が、急に吸血発作が起こってしまった。
突如苦しみだした私を先輩は必死に呼びかけてる。こんな姿見せたくない!
「せ...先輩、トイレっ...どこ...?」
「こっち...!?」
多分紅くなった目と牙を見られてしまった。
慌ててトイレにこもるとポケットから薬を出して口内に放り込む。
激しい息遣いが中々おさまらない。
いつもより効き目が遅い。
20分が経った頃だろうか、先輩がトイレの扉をノックしてきた。
「友梨奈...大丈夫...?」
もうその頃には呼吸もおさまり、牙も元に戻っていて、トイレの鍵を開けた。
先輩はしゃがみ込んでいる私を立たせて、リビングに誘導してくれた。
「ねえ友梨奈...」
思わずビクッと肩を震わせた。
「友梨奈...話聞きたい」
「なんの話ですか...?」
「友梨奈の話」
とうとう来てしまった。
私が吸血鬼だという事を話す時が...。
「...なんで牙がはえたの...?あと、紅くなった目...」
「...先輩...あの...」
どう説明すれば良いのか分からなかった。
絶対嫌われると思っていたから。
すると先輩は、「おいで」と隣をぽんぽん叩いた。
おずおずと隣に座り、長い沈黙の末、先輩の方を向いた。
そして眼帯に手をかけ、外してテーブルに置く。
でも勇気がなくて俯いていると名前を呼ばれ、顔をゆっくり上げた。
緑色の左目に先輩は最初驚いていたが「綺麗な緑色」と呟いて微笑んだ。
「え...あの...先輩...?」
顎を持って近くで私の左目を凝視している。
「さっきなんで目が紅くなったの?あと牙も」
「っ...私.....んです...」
「え?」
「私っ...実は.....吸血鬼、なんです...っ」
「...吸血鬼...?」
嫌われる。
もうおしまいだと思った瞬間、
「友梨奈らしい」
と、言われて拍子抜けした。
「...先輩、こ、怖くないんですか...?」
「なんで?」
「だ、だって、普通怖がるものでしょ...?」
まだ左目を凝視している先輩を離して呟いた。
「友梨奈だから怖くない」
「は?...え...っ」
「私友梨奈の事、好きだから。全然怖くないよ」
まただ。
綺麗に先輩が微笑むから、私は見とれてしまった。
そして涙がどっと溢れた。
今まで隠し続けてた分、涙はそうそう止まってはくれなかった。
そんな私に先輩は優しく髪を撫で続けてくれた。
「一目惚れだったんだよね。今考えると」
「...ふえ...っ?」
思わず腑抜けた声を出してしまった。
それに先輩はクスクスと笑った。
「友梨奈は...?」
「私はっ、恋とかした事...無くて...愛がどんなのか...正直...分からないから...」
「友梨奈、ほら」
先輩は私の手を取って心臓に当ててきた。
「...心臓の音、早いでしょ」
「っ...」
手から伝わる脈の早さにこくんと頷く。
「友梨奈は...?」
先輩が胸に手を当ててきて、自分でも脈が早いと気付いた。
「...これが好きってこと...ですか?」
「そう。胸がチクチク痛んだり、」
「息苦しい...とかですか...?」
「そうだよ」
先輩は頷いて微笑んでくれた。
「友梨奈...」
「はい...っ!!」
突然怪我のしてない方の口端に先輩の唇が当たった。
目を見開いて先輩を見ると、満足そうに微笑んでいた。
「友梨奈、顔真っ赤」
「だ、だって...っ!!」
また口付けをされて私はきっと茹でダコの様に顔が赤いに違いない。
悪戯っぽく微笑んだ先輩に恥ずかしくて俯いた。
先輩はそんな私の首に手を回して抱きしめてくれた。
「友梨奈...好き」
「っ...私、も...先輩の事が...好き」
「友梨奈...理佐って呼んで」
「で、でも...」
「いいから。呼んで。理佐って」
囁く様に呟いた先輩に、唇を震わせて小さく言った。
すると、聞こえないと言われてしまい、
「り、理佐...っ」
勇気を振り絞り、ぎゅうっと抱きついて名前を呼んだ。
「よくできました」
頭を撫でられ、優しく微笑んでくれた。
「友梨奈、私と付き合ってくれる?」
「...私で良いんですか...?」
「友梨奈がいいの。だめかな?」
「っ...だめじゃ無いです...」
「っ〜、可愛い...!」
「り、理佐っ...!」
体勢が崩れて絨毯に押し倒された。
「そうだ。友梨奈、私の血飲んでみる?」
「へっ...?...痛い、かも知れないですよ...?」
「んー...我慢する」
にっこり微笑んでいる先輩が心配になったけど、
吸血なんて初めてだから目を閉じた。
「友梨奈...」
名前を呼ばれて閉じていた目を開けると、白い首が目の前にあって、とたんに吸血発作が出た。
目は紅くなり、なるべく痛くない様に首筋に牙を当てて咬み付いた。
先輩は声一つ上げずにいてくれて安心して先輩の血を飲んだ。
吸血発作が無くなると目は自然と元に戻り、首筋から牙を抜いた。
私に身を任す様に倒れた先輩を自分から抱きしめた。
「...んー、なんか気持ちよかった」
「え...っ?」
「友梨奈、噛むの上手だね。今までもこうして噛んでたの?」
「え...あ、初めてですよ...っ、今までは叔父さんが取ってきてくれてたので...それで血を補って、あ、あと薬も飲んでたしっ」
「そうなんだ。良かった〜」
「あと...理佐の血...甘くて美味しかった...」
「そうなの?」
「いつも美味しくない血を飲んでたから.....でも叔父さんの言う通りだった...好きな人の血は美味しいって...」
「ふーん」
ニヤニヤと微笑んでいる先輩に、頬を紅くした。
「友梨奈...血欲しかったらいつでも言って」
髪を梳かれながら呟かれ、こくんと頷く。
「あと、眼帯は学校に行く時だけ。血も私だけ。分かった?」
「...はい...っ」
「敬語も無し」
「ええ〜っ」
意外に先輩って独占欲強い...?
苦笑していると頬を覆われ、唇を奪われた。
「友梨奈の頬プニプニ〜」
「ん〜っ」
嫌がるけど、先輩は幸せそうな笑みを浮かべるからまあいっか。
恋がこんなにも温かくて、幸せだなんて知らなかった。
私は先輩に出会えて良かったと心から思った。
ーーーーーー