お母さんはその日仕事が休みで待ち合わせの夕方6時、きっかりに下北沢の駅にやってきた。
あたしはそれよりずっと前に東京に着いたノンちゃんと時間いっぱい、渋谷にいた。
ノンちゃんは手土産1つ持って来ていなかった。文字通り「身ひとつ」でやってきたのだ。
いくらバカなあたしでもそのくらいの常識は持ち合わせている。
東急百貨店の食料品売り場をぶらつき、お菓子のコーナーに辿り着くとお母さんの好きなとらやの羊羹を選んだ。
目が丸くなるほど高いわけじゃないけど、それでもそこそこの値段のするものにした。
そしてノンちゃんは横にいただけで支払いはあたしがした。
「これ、お母さんに渡して。ノンちゃんからって言って。」
ノンちゃんは軽くありがとうを言っていろんな匂いのする食料品売り場から一刻も早く出たがった。
いろんなもののお金をあたしが出すようになっていったのはいつからか自然な事になってしまっていて今更そこから抜け出す事はできなくなっていた。
今回ノンちゃんが東京に来る費用もあたしが出したしホテルもあたしがとってやった。
今日ばかりはノンちゃんと一緒に泊まる事はできない。
それは頭では分かっているけれどもっとずっと一緒にいたかった。
ノンちゃんはスーツじゃないけどカジュアルすぎない服を着ていた。
あたしは服装ももう少しカチっとしたのに着替えて欲しくてノンちゃんと一緒に丸井に行った。
上の階に行くとメンズなので丸井は高いと分かっていたけれど、しかたない。
あるメンズブランドでノンちゃんが選んだ服をカードで買った。
ノンちゃんはお会計の時は別の場所に行ってしまったのであたしは15回払いにした。
今はどうか知らないけど当時、丸井は36回払いまで出来た。
店員は笑顔のままそれを了承し、あたしは男のために服を買ってやってるバカ女と思われていないか少し心配になった。
二度と会わないような人にすらどう思われてるか気になる性分があたしには少なからずあったのだ。
だけど店員は対して気にも止めないような表情であっというまに服を包んでくれた。
あたしもそれを笑顔で受け取り、カードの明細を財布に急いでしまった。
これから15回、あたしはこの服のお金を払うのだ。
だけどしかたない。ノンちゃんの為だ。そしてあたしの為なんだって、そう思うしかなかった。
下北沢の街はいつも若者のエネルギッシュなパワーでいっぱいだと思う。
子供の頃からよく遊びにきていた街。
ノンちゃんにとっては下北沢は初めて来る街だったので古着屋やレコード屋を見たがってはいたけれど、お母さんをあたしはじっと待った。
やがて現れたお母さんは昨日アイロンを丁寧にかけていたグレーのジャケットに黒のロングスカート、ヴィトンのバッグを手にしていた。
なんか、色々、うわあ、と思ったけどとりあえず笑顔で迎えた。
ノンちゃんが緊張したように挨拶をしたけどお母さんは頷くだけで笑顔はなかった。
すぐ近くの天ぷら屋を予約したと言う。そこに向かうまでの道は短かったのにものすごく長く感じた。
ノンちゃんには一応2万持たせてある。
天ぷら屋の会計がこれで足りるかなあとあたしはお母さんの背中を見ながら考えた。