何が起きるかわからないからエリは言われた店の名前と電話番号、そして眞鍋の名前を書いたメモを部屋の机の上に置いた。
留守中に母親が部屋に入る事はまずないだろう、けれどもしエリに何か起きて入る事になればこのメモを見るだろう。
エリは実に用意周到だった。
そこそこの会社でしかない社長がエリの言うとおりにするとは思えなかった。むしろ不気味だった。
だけど500万は本気で欲しい。
迎えの車を断ったので乗るハメになった電車の中でエリは思っていた。
中絶手術に遣ってもだいぶ残るだろう。
所詮は学生のエリにとっては大金だ。
ラブリッシュには行っていない、電話はかかってくるけれど体調不良で通している。事実、そうだ。
本当に500万が手に入ればこのまま店には行かないことにしよう。そう思った時点でラブリッシュはエリにとって過去のものになっていた。
だけどまずは今日を無事に終える事だ。
それが先だ。
何回か乗り換え最終的に地下鉄に乗って赤坂に着いた。
車で通る事は何度かあったけれど降り立つのはもしかしたら初めてか、それに近い。
エリは言われた出口を出ると眞鍋の携帯に電話した。2回、無機質なコール音がした後、眞鍋が出た。
「はい」
何が「はい」だよ。
エリはかしこまった話し方をした眞鍋を心底嫌いだと再確認した。だけど眞鍋と寝た事に後悔はない。
それに対する代償はしっかり貰ったし、これから最後にして最大のものを手に入れる予定だ。これさえ済めば後は勝手にこちらでやらせてもらう。そしてそれから先は眞鍋の事を一切忘れようと決めていた。
眞鍋がセックスの際、エリの身体をなめ回す事、あの気色の悪い声、射精する瞬間に一瞬口先が曲がる事、それを気持ち悪いと思い正常位ではセックスをしないようにしていた自分の努力、終わった後、一緒に風呂に入りたがる眞鍋を露骨には嫌がらないように、でも決してそれを許可はしないようにする事、いつもよりずっと丁寧に自分の身体を洗う事。
そういう事、全てを忘れようと決めていた。そして意外に早く忘れられる自信もあった。
その程度の男だった、眞鍋は。
「眞鍋さん、赤坂に着いたけど」
店の名前も場所も聞いたけれど殆ど分からないに等しかった。同じような店が並んでいるようにしか見えない。
眞鍋は迎えに行くと言ったが1人で行く、とエリは答えた。眞鍋はそれ以上は言わず、代わりに店までの行き方を丁寧に教えた。エリは何となく分かった気がして電話を切って言われたばかりの道を歩き始めた。
もし金がちゃんと手に入ったら何より1人暮らしをしよう。
急にそんな事を思い、我ながらいい考えだと少し笑った。