愛と悲しみの果てに
昨日一日、悲しくて悲しくてしょうがなかった。『ゾイドオンラインウォーズ(以下ZOW)』の出来に衝撃を受けてのことである。今回は苛立ちだとか、怒りだとか、そういうのはなかった。ただ悲しかった。ビデオゲームという文化を愛する者として、未だにこのような意識の低いゲームが生まれてくることが、悲しかったのだ。祖母ちゃんが死んだ時だってこんなに悲しくはなかった。そう、滝川クリステルの熱愛発覚報道以来の深い悲しみに打ちひしがれたよ。
私はゲームが好きだ。今でこそ年に数本、これぞというタイトルをプレイするばかりになったが、かつては三日間握り続けたL5が靴下の如き臭いを放ったほどのゲーマーだった。今こうしてゾイドのブログなどやってはいるが、自分の出自がトイかゲームかと問われれば、間違いなく「ゲームだ」と答えるだろう。
どのくらい好きかというと、未だに『月風魔伝』のパスワードを空で言えるくらい好きなのである。最終面直前、最強装備のパスワードは「ぬんみむしほきらまねねやこほこん」である。手元にファミコンとソフトがある人は試してほしい。笑うから。
あるいは、過去に回ってきたVIDEOGAME BATONを一読してくれてもいい。並のゲーム系ブロガーなどより私の方が深くゲームというものを愛し、また、見識もあることが分かってもらえると思う。
その私がだ、絶望の淵に沈められた。『ZOW』を作った奴はゲームを愛していない、そう思ったからだ。
ゲーム好きであれば、良作をたくさん遊んだことがあるはずだ。そしてそのシステムや操作系、あるいは言語化の難しい手触り――すなわちゲームデザイン――が理にかなったものであると感じる瞬間がたくさんあったはずなのだ。面白いゲームが、なぜ面白かったのかを分かっているはずなのである。ところがだ、『ZOW』はことごとくつまらなくなる方向にデザインされているのだ。ろくにゲームを楽しんだことがないのだろうな、作り手は。
そもそも、戦術級のウォーシミュレーションは面白いのか? 面白い。これは断言できる。たしかに、今時ターン制の戦術級シミュレーションなんて古くさいスタイルのものをオンラインでやらせるのは時代錯誤かもしれない。しかし、元から面白いものを同好の士とチャットしながらやってつまらないわけがないのだ。でも『ZOW』はつまらなかった。『キングオブキングス
』や『ゲームボーイウォーズ
』は何十回、何百回と対戦して飽きなかったものだが、『ZOW』は二度やるのも辛い。つまり、8ビット機のゲーム以下なのだ、『ZOW』は。
なぜか。それを説明しよう。本来、ウォーシミュレーションのゲーム性の核は三すくみ、即ちジャンケンにある。対戦車ヘリは戦車に勝ち、対空車両は対戦車ヘリに勝ち、戦車は対空車両に勝つ。こういった三すくみの構造が複雑に重なっているところにウォーシミュレーションの面白さがある。例えば――敵拠点に陣取る戦車部隊を排除するためにどうするか。前線の装甲車部隊を自走砲で叩き、戦車部隊を投入、後列の対空車両部隊を壊滅させた後に攻撃機発進、徹底した空爆で敵拠点の戦車部隊を撃破、しかる後に歩兵部隊を進軍させ拠点制圧――そういった流れを思考すること。ここが面白いわけである。
ところが『ZOW』は、どのユニット同士でも互角の戦闘が成り立ってしまう。微妙に攻撃力や耐久力が違うばかりなのだ。故に、戦術など考える必要はない。突撃して、足を止めて殴り合う、ただそれだけである。一応武器ごとに対地、対空、対艦の属性や射程距離などの違いはあるが、どのユニットも対地、対空兵器を備えていて、最低でも射程3ヘクスの武器を搭載している。馬鹿かと。見かけが違うだけじゃないか。
加えて、拠点が存在しない。都市なり基地なりの拠点を奪い合うゲームではないのだ。敵の殲滅ないし指揮官の撃破で勝負が決まるのであるが、拠点の存在がないということは著しくゲーム性を低下させることになるのだ。なぜか。ユニットの移動力が無意味になるからだ。攻撃力、防御力は高いが移動力で劣るゴジュラスと、打たれ弱いが移動力が高いライガーがあったとしよう。もし、拠点の制圧という概念がなければ、ライガーを使う意味はないのである。全軍、足の遅いゴジュラスに合わせて進軍、圧倒的戦力で各個撃破していけばよろしい。中立の拠点を敵よりも早く奪取するだとか、手薄になった後方の敵拠点を回り込んで急襲するだとかといったシチュエーションがあって初めて、移動力というのがゲームに影響を及ぼすのである。理論的に考えれば分かることじゃないか。にもかかわらず『ZOW』の仕様がそうでないのはなぜなのか。ゲームというものをまじめに考えたことがないからだ。ゲームを愛していないからだ。
だから、一ゲーマーとして、『ZOW』があまりにも悲しかったのである。また、制作者の態度が、一社会人として悲しかったのである。仕事は一生懸命やろうよ。昨日一日、職場でもうなだれていたんだよ、俺は、ずっと。仕事をまじめにしないってのは、国を、社会を、人を愛していないってことなんだよ。
そしてもう一つ。開発の翔泳社ばかりでなく、タカラトミーにも一つ苦言を呈したい。ゲーム事業も下請けに丸投げでは駄目だ。その出来を監査する部署が必要なのではないか? ゾイドのゲームはお世辞にも出来がいいとは言えないものが多々ある。それらを垂れ流すことによって、二十年続いた金看板を汚すことになるのだ。他の版権もののゲームだってそうだ。場合によっては人様のコンテンツの価値を下げかねないのだ。自他共栄という概念こそが企業にとって一番大切なんじゃないのか? その時だけ、目先の利益が得られれればそれでいいのか? 出来たゲームを厳しくし評定し、結果が出せなかったとところとは付き合いをやめる、そういった厳しさも長期的な利益のため、ひいては世間様のために必要なんじゃないのか?
……。
なんだか書いててますます悲しくなってきたZOW……
ゾイドオンラインウォーズ初プレイ
えー、最初の対戦は見事にフリーズでした。
さて、初見の感想であるが、とにかくひどい有様である。大枠はターン制、ヘクスマップのウォーシミュレーションなのだが……
まず、ゾイドの装備の煩わしさなど、いかにも『ゾイドVS.』の翔泳社だ。いちいち主人公の乗機にしないとセッティングできないのは一手間多いだけとはいえストレス。主役の乗機を変更するコマンドを別にもうけた方が良いのは言うまでもない。なぜなら、主人公の乗機を変える回数より、各ゾイドのセッティングをする回数の方が圧倒的に多いはずだからである。そんなことも(以下略)
いざ出撃すると、マップが見づらい。ヘクス式になっているが、だいたい『ゾイドタクティクス』のマップを想像して大過ない。
変に「一枚絵」のように描いているものだから、そのヘクスの地形がなんなのか把握しづらい。機能性を優先させるべきところである。
そして、各ゾイドがオールレンジで戦える装備を持っているため、機体ごとの差異が感じられない。それはとりもなおさず、ウォーシミュレーションとして「つまらない」ことに他ならない。戦術を思考する余地はほとんど無いのだもの。
やはり、戦車→対空車両→攻撃機→戦車の三すくみを基本とすべきではないか。また、近接攻撃ユニットと遠隔攻撃ユニットも分けるべきではないか。厳密にゾイドらしさを再現するよりも、ゲーム的なディフォルメをするべきだと思う。ゲームとしてつまらなかったら本末転倒だし、シンプルな大戦略タイプにした方がさくさく遊べて良いだろう。なにしろ、対戦相手の待ち時間もあることだし。
他にも言いたいことは山ほどあるのだが、苦行のようなゲーム(というより作業だな)とバグ報告ですっかり疲れてしまった。フリーズなどの不具合が多いのはベータ版だし仕方がないが、本当にあの仕様の「ゲーム」を対戦させて面白いと思っているのか、制作者は。
以前の記事で翔泳社には「ゲームデザイン」のできる人材がいない旨を書いた。あれからしばらく経つが、残念ながら進歩が見られたようには思えない。が、バージョンアップでの大幅な改善に向け、スタッフの尽力を期待したい。このままじゃ確実にこけるよ。マジで。
フ、気ままな奴だぜ……
さあ、いよいよ遅れに遅れていたゾイドオンラインウォーズが本日配信だ! 私のテンションがどれくらいかというと、14時のサーバメンテナンス終了に合わせて出勤を遅らせていたくらいなのである。初見の感想をアップしてから仕事に行こうと思っていたが……
メンテナンス作業延長のお知らせ
本日11時~14時の間で予定しておりましたサーバーのメンテナンス作業ですが、開始時間の遅れに伴い、本日夕方17時まで延長させていただきます。
14:00~17:00の断続的にサイトが閲覧できないことが御座います。
ご了承ください。
ファッキン!
バスタード!
サノバビッチ!
マイペースなことでは人後に落ちぬ私であるが、さすがにこれは風のような奴すぎると思うぞ。
じゃあ仕事行ってきます。
メカビ Vol.01
先日の記事で紹介した「メカビ」だが、amazonが発売日に送ってこなかった。今日になってようやく到着したので、一緒に注文していた『ICO』のサントラを聴きながらパラパラと気になる記事を拾い読み。これが抜群に面白い。
(もっとも、いわゆる「サブカル」的文脈で面白いのだし、1,500円もするので素人にはお薦めできない)
なかんずく、もっとも楽しみにしていた麻生外相インタビューが期待に違わぬ面白さだ。未読の人の楽しみを奪っては悪いので「ローゼンメイデン疑惑」の真偽はここでは明かさないが、そのほかの部分も十分凄いのである。
まず、体がいくつあっても足りないであろう閣僚を掴まえて、漫画の話しかしない編集部が凄い。常軌を逸したドン・キホーテ的蛮勇である。この時点で既に面白い。
そして、それに応える麻生外相の漫画知識がまた凄いのである。『のらくろ』から『テニスの王子様』まで語っている。しかも、単に作品の感想にとどまらず、時代背景を勘案した漫画体系というものが、彼の中で出来上がっているのだ。また、漫画の話に絡めて語られる、彼の人間観、社会観、歴史観も深い教養と洞察力に裏打ちされたものであり、読み応えがある。ここまでのし上がってこれたのもむべなるかなと思わせる知性の持ち主だ。アンチ自民はけしてこの記事を読まない方がいいだろう。ファンになってしまう。「フロッピー発言」をチャラにして余りある。
とにかく、私はすっかり麻生外相の魅力にすっかりやられてしまった。是非、次の総裁選で勝利を収めていただきたい。そして首相になった暁には、中韓に対して毅然とした外交を堅持する一方、オタクのための政策を断行してもらいたい。例えば、広告代理店がテレビ番組枠を押さえて中間搾取をするためにアニメ制作会社にまで予算が回らない構造を改革するだとか、「オタクのため=世の中のため」になることはたくさんあるからである。
ちょっと話が脱線したが、とにかく「メカビ」おもろい。養老孟司ほどの人が「斜に構える」を誤用していたり、「ガン=カタ入門」が読めたりと、俺的お薦め度は120%だ!
(素人にはお薦めできないが……)
- 本田 透, 堀田 純司
- メカビ Vol.01
レ・ミィ×コトナの憂鬱
純サマーボーイにはあずかり知らぬことであるが、『涼宮ハルヒ』というラノベがアニメ化されて大人気なのだそうだ。ところが……
色々な意味で面倒なので経緯は説明しないが、『涼宮ハルヒ』ブームは少数の扇動家のネット工作によって、意図的に作られたとする疑惑が持ち上がっている。事の真偽や是非は別にして、そんなことが可能だとすれば面白い。
ブームというものが、本当に草の根からわき上がることは、少ないのではないだろうか。巷の○○ブームの多くは、広告代理店やテレビ局といった「特権階級」が利益のために仕掛けるものだろう。そのためには大資本と強大な組織力が必要になるが、もし、そういう力を持たぬ者もやり方次第で「ブーム」を作れるようになったのだとしたら……。衆愚が搾取されるというケツのところに変わりはないが、世の中の「構造改革」だと言えるかもしれない。
歴史にifはないが、もし『ジェネシス』信者たちがこういった形の工作を展開していたとしたら……
いや、子供の玩具の販促アニメでそれやっても意味はないか。子供はネットの風説なんかに意にも介さないだろうから。「王様は裸だ!」と看破されるのがオチか。大人を欺くのは簡単でも、子供はそうはいかない。ネット社会の逆転現象である。
- 谷川 流, いとう のいぢ
- 涼宮ハルヒの憂鬱
- 角川エンタテインメント
- 涼宮ハルヒの憂鬱 1 通常版
