デスザウラー東京に現る
シスコン兄さんは妹と連れだって映画へ。平日の朝一だってのに、やけに人が多いな──と思ったが世間は夏休みか。納得。
で、見てきたのが『姑獲鳥の夏』。京極の小説は雑誌「怪」の連載くらいでしか読んだことがなかったのだけれど、なるほど、こういうスタイルだったわけか、彼は。物語は戦後間もない時代、ある病院で起こった怪事件の顛末を描いたもの。タイトルにもあるように妖怪「姑獲鳥(うぶめ)」の存在を匂わせるが、最後まで妖怪は出てこない。「人間の認識」というものがテーマなわけだが、一言で言えば妖怪の出ない妖怪小説とも言える。
話は変わるがゾイド大好きっ子諸君、映画を見てみたくはないか、ゾイドの。いやいや、アニメの劇場版とかじゃなくて実写で。え? アニメじゃないと見る気もしない? そりゃ重傷だな……
確かに、日本映画では予算の都合で特撮やCGはショボショボになってしまうだろう。また、配役が妻夫木君みたいなイケメンでもレイ・グレックとか呼ばれた時点でドン引きしてしまうかもしれない。さりとてハリウッドで撮られるなんて夢のまた夢だし……
だがちょっと待て。予算的に無理な、リアリティあふれるゾイド描写さえなければ、あるいは良作ができるとは考えられないだろうか?
「ゾイドが出てこなければゾイド映画とは言えないだろう!」という声も聞こえてきそうだが、そんなことはない。実際に、「怪獣の出てこない怪獣映画」が撮られたことがあるからだ。
- ハピネット・ピクチャーズ
- 大怪獣 東京に現わる
これは怪作である。
大怪獣が東京に現れて、街を破壊してしまったというニュースが流れる。怪獣は進路を福井へと向けているらしい。それを聞いた福井市民の騒動が描かれているのだが、一切怪獣の映像は出てこない。ただ、人々がどういうリアクションを起こすかということで、怪獣というものを描いているのだ。
さて。この手法を丸パクリすれば、ローバジェットでも迫真のゾイド映画が撮れるはずだ。というか、高校の映画部でも作れるな、こりゃ。題して『デスザウラー東京に現る』。
東京にデスザウラーが現れた。デスザウラーは荷電粒子砲で瞬く間に東京を火の海に。報道機関、官庁も情報が錯綜し、何が起こっているのか把握できないでいた。頼みの自衛隊も、統帥権を持つ小泉総理が原子レベルにまで分解された今、張り子の虎と化していた。
「NHK福井から緊急のニュースをお届けします。東京を壊滅させたデスザウラーは現在、福井方面に向かっているとの情報があり、十分な注意が必要となっています。デスザウラーについては新たな情報が入り次第……」
この報道を受け、福井県は大パニックに。その時、福井県立藤島高校の生徒たちは……
うん、面白そうじゃないか。学園祭に向けて撮ってみてはどうだろうか、藤島生諸君!