幸せ軸見える化コーチ たばたよしこです 
最近、もしかして幸せって二種類あるのかもって
思うようになりました。
採寸に始まって
生地選び、デザインパターン選び、仮縫い、本縫いと
手間暇はかかるけれど
自分の心に過不足なくぴったりフィットして
心の核となる魂が、わくわくしながら居心地良くいられて
その人の魅力が自然にわきでるオーダーメイドな幸せと
雑誌やテレビ、様々な情報媒体や
周囲の人たちが言葉やイメージで訴えかけてくる
○○なのが幸せですよというメッセージを
そのまま自分にあてはめ
一般的な既成概念で作られた幸せの型に
少し違和感を感じながら自分の魂と心を
ムリヤリ入れ込むプレタポルテな幸せ
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
そう思うようになったのは
離婚という、人生の一大転換点を前にして
私にとっての幸せってなんだろう?
と考え、そのことをテーマに、友人やコーチと話をし
「私にとっての幸せ」の軸となるものが
少しずつ明確になってきたとき
世間一般的に「幸せ」とされていることと
私個人が「幸せ」と感じることと
全然ちがうじゃん!!!という感じたからでした。
もしかしら、それは
私が変わった人だからなのかもしれません。
でも、世間一般に「幸せ」とされていることは
私には、あまりフィットしている感じがしないし
そのプレタポルテな「幸せ」を
私の魂と心は、さらさら着る気なんてないんだな・・・
ということが、だんだんはっきりしてきたのでした。
今までの私は
世間一般に幸せとされていることを
幸せと感じられない自分を
私はヘンなんだと思い
私って、わがままなのかも、贅沢なのかも・・・と
そんな自分を責めていました。
ホントは着たくなんかないのに、似合わないのに
プレタポルテな幸せに、無理やり
自分の魂と心を押し込めようとしていました。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「離婚して自立する」という選択肢を選ぶことを決意して
真の自立ってなんだろう?と自分の心に問いかけてみたとき
自分の幸せは、自分で責任を持つこと
という答えが返ってきました。
結婚しているときの私は
心のどこかで、夫に幸せにしてもらうことを期待していました。
誰かに幸せにしてもらうのではなく
自分の幸せは、自分で責任を持つのだとしたら
自分の幸せのツボを自分でわかっておく必要があります。
誰かに幸せにしてもらうにしても
「私にとって、コレが幸せなの」って、伝える必要があったのですけど。
私の幸せってなんだろう?って、あらためて考えてみたら
今まで、私の幸せだと思っていたことは
夫の幸せだったり、夫婦としての幸せだったりして
案外、純粋に自分自身にとって
何が幸せなのかよくわかってない
ことに気が付いたのでした。
きれいだな~と我を忘れて感動できる自分でいられることです。
今日も最後までおつきあいくださってありがとうございます 
同じテーマの最新記事
自分を責めるのは悪いこと? 9月23日
ただ今、工事中 7月4日
理性に感情がついていけないとき 6月24日
本音で話すということ 6月22日
自らの体感につながる旅 その7 6月21日
見える化コーチングができること→コチラ
コーチング開始までの流れは→コチラ
見える化コーチング料金一覧→コチラ

