時は流れて・・・亡くなった父の、身の回りのものを整理してい た実家で、昭和49当時の遊技業組合の名簿を見つける。昭和49年というと、私が13歳の頃だから、約35年前か・・・静岡市のページを見ると、現在は存在していないホールが殆どだ。現存しているホールは、下川原のパチンコミマツさん、銀座会館さんが4店舗、アピアのマルハンさんの6店舗のみ、その他のホールはすべて廃業している。その他山崎の三栄さんの前身の安倍口会館、ABCさんの横田、東洋さんの紺屋町などが、目に付く程度だ。名簿の上位の店舗を列挙してみる。アカギ、赤門、アポロ、安西ホール、一番ホール、一宮ホール、銀の星・・・などなど。私自身、20年ぐらい前から静岡に住みだしたので、これらのホールの記憶はない。アプリイが、初めて静岡にお店を出したのも、この5年後ぐらいだ。これから35年後、私が80歳になる頃、パチンコ業界はどうなっているのだろうか?35年後、生きていれば80歳の頃・・・静岡市内のパチンコ店はどうなっているだろう・・・パチンコ業界そのものが存在しているのだろうか(^O^;)この当時、マルハンさんの屋号は、今と違い、「カジノ」という屋号で営業していたようですね。