おはようございます。
初投稿なので、自己紹介をして行きたいと思います。
私の名は希(のぞみ)、ギリ二十代です。
東京都は亀戸に生まれ、物心着く前に同じく日野市にある父方の実家的な家に引っ越す。
大人になってから知ったのだが、兄は母の連れ子であった為か、父方の親戚に馴染まず、そのことが原因となって千葉県市川市に引っ越す、この時は忘れもしない小2の3学期であった。
小・中と市川市の学校に通い、高校になると、親がマイホームの購入をするということで、千葉県我孫子市に引越しをした。
この時、私が自分の部屋が欲しいとねだった事も購入理由の一因となっていたと思うが、今思えば家庭の歯車が狂い出すキッカケとなったかもと思い、後悔もある。
高校はその地域では最低ランクの県立高校だったが、勉強などろくにしたことがなかった私には、高校にいけただけでもありがたく思い、休みや遅刻もあったが、バイトと両立しながら3年間で卒業を迎える事ができた。
私は調理の専門学校にいきたいという思いがあり、お金を貯めていて、進路決定の時点で80万円程度持っていたが、ある日の夕方、母から泣きながら謝られた。
この日から私の平凡な人生は少しの変貌を見せるのであった。
当時、父は大企業のサラリーマンだった為、40代にして年収1000万を越えていたらしい。
その年収の凄さは、この歳になるとよくわかる。
ではなにが母を泣かせたのだろうか?
父はパチンコが好きで、休みの日は朝から夜まで、仕事の日も行けるときは夜に行っていた。
当時の私は知らなかったが、その負け額はピーク時だとは思うが、年間400万円程度だったらしい。
家のローンは毎月20万円位で、更にボーナス払いもあったらしく、母もパートに出てはいたが、家計は火の車であり、父はサラ金からも相当つまんでいたようだ。
私が二十歳になるころ、父は突如として会社を辞めてしまった。
当時は「希望退職」という言葉をよく耳にしていた頃で、父曰く、希望退職により退職を決意したようだ。
理由としては、退職金による、サラ金の返済だったらしい。
その後、家は競売にかけられて、父は自己破産を選択した。
何の因果か、専門学校を断念し、行き場を失った私は、パチンコ店で正社員として働いていた。
私は実家から逃げるように、パチンコ店の寮へと移り住んだのであった。
