ここは森。その中にある泉。
どうやら迷ってしまったらしい。
すると泉から女神が現れた。
「あなたが落としたのは銅のオノですか。
銀のオノですか。
それとも、この金のオノですか。」
女神は、どこかで聞きすぎているセリフを言うと、
同時に3つのオノをわたしに見せた。
別になにも落としてはいないし、オノがほしいわけでもなかった。
「あのー。。笑
オノじゃなくてコンパスとか、森の出口を指し示す道具とかでもいいですか?;」
「は?聞こえないんだけど。
あの、ここはそういうあれな由緒正しき泉で、
旅人はみな、3つのオノからどれかひとつを選んで、
模範としては
金のオノを選んだらわたしがそいつを沈めてやったりーの、とかいうあれなわけですよ。おわかり?」
どうやら面倒な精に出会ってしまったらしい。
迷いを晴らしてくれるどころか万年のトワの迷いに引きずり込まれそうだ。
ここはこの大迷宮の入口で引き返しておかなければ。
「あの~、、じゃあいいです。」
「いいですとはなんです?
だめです。あなたは必ずどれかを選んで帰らないといけません。
さもなくば…」
「さもなくば?」と聞き返そうと思ったけど、やめた。
聞いてしまうと余計迷宮に足を進めてしまいそうだったから。
そこでわたしは、仕方ないからある提案をした。
「じゃあ、あなたをください。
あなたはわたしにそっくりです。
オノしか選べないなら、選ぶものがないので、
かわりにわたしがあなたになります。
泉の精にならせてください。あなたのかわりに。」
だめです。とまた言われるかと思いきや、
女神はすんなりと了解してくれた。
最初こそ目をまるくしてあっけにとられていたけど、
すぐに嬉しそうな、泣き出しそうな表情を浮かべて、
むしろ逆に懇願してくる勢いで受け入れてくれた。
一刻もはやく精をやめたいようにさえ見えた。
聞くと、ずっと、それはもう3万年に近く、
来る日も来る日も同じことの繰り返し。
いい加減、飽きていたのだそうだ。
同じことをできるならまだよくて、
あの言い飽きたセリフを言える日すらない時は、ひたすら泉の中で待機。
たまに旅人が来てくれたらまだいいほうだった。
少なくともすこしは退屈がしのげる。
それでも、言うセリフとなればあれだけ。
旅人が選ぶ何パターンかに応じて、ほぼ機械的に、同じ答えを繰り返すのみ。
わたしって必要なんだろうか。
自動音声でも置いとけばいいんじゃないの、
死のう、鬱だ。
とまでなっていたらしい。
これだけ時代が経って、
少しはメニューの幅を増やしてもよさそうな、
3つのオノ、も
まったくメニューを増やしていい気配もない。
最近では、いい加減、オノなんか欲しがる旅人もいず、
ほとほと困り果てていたのだった。
そこにわたしの思わぬ申し出は、
わたりにフネ、で
とてもうれしかったのだと。
わたしにも誰かを救えた。
おもいがけぬ形でだけど。
でも、普通なら誰かを救っているはずの女神を逆に救うことができた。
これは不思議な自信になった。
女神ができたのだから人間だって簡単に救える気がした。
わたしは今まで、女神の示す3つの選択肢のように、
与えられた選択肢やヒントから、なにかを選んで生きていた。
与えられるのを待つ、与えられる人生だった。
でも、これからは、誰かの女神として、
なにかを、選択肢を与えて、導き、救うことをしていきたい。
女神は、わたしにお礼を言うと、軽やかな足取りで森を去っていった。
驚くことに、元は人間だという。
最初に誰がどんな契約で彼女をああしたかまでは考えたくなかった。
なにか中世や神々のどろどろしたやつを見てしまいそうだったから。
ともあれ、晴れてわたしは新しい女神となった。
これからどんな選択肢を旅人に与え、導き救おう。
メニューもいい加減、黙って増やしちゃおうかな。
そもそもこの泉ってなにか意味あるのかな、今?
そんなことも考えたが、
まずわたしは真っ先に、ある選択肢を示した。
(森を走る「わたし」。
もぬけの空の泉。ただただ、逃げ出した際に起きた最後の波紋がひとすじ、泉に広がっている。)
わたしはまず、わたしを救うことにした。
こんな女神、やっていられない。
わたしにはわたしの、やりたいことがもっとほかにあるのだから。
選択肢は、自分でつくるものだ。
散々な体験だったけど、それを女神と泉は教えてくれた気がする。