とうとうこの日が来てしまいました。
6時に浣腸。
前日よりも我慢したのですが
やっぱり液体しか出ませんでした。
こんなにひどいの?
私の便秘ー。
あまりにも心配になって
看護師さんに質問。
浣腸しても出ないのですが
手術中に出て来て迷惑掛けないですか?
(後で考えるとなんという質問!)
大丈夫ですよ
心配しないで下さい
お腹の部分の手術だから
念のために出しておきましょう
という感じの処置ですから
と、私の下らない(あ、上手い?)質問に
きちんと答えて下さいました。
上は何も身に付けず
下はパジャマそのままで
足首近くまである術衣に着替え、点滴。
そうこうしているうちに
主人
義母
義妹さん夫婦の4人で到着。
手術室に移動しますとのことで
下も完全に脱ぎ
ストレッチャーに横になりました。
この時間が1番怖かったです。
見える景色が天井だけ。
どんどん無機質な天井に変わっていくんです。
ご家族はここまでです、と言われると
主人が顔を覗いてくれたのですが
後に「すごい顔してた」と言われました。
どんどん奥に進むにつれて
涙がツーッと流れました。
こらえていたのに泣いちゃった
と思う間もなく手術台へ移動。
心電図のシールを貼って
血圧計を巻き
指先に酸素量を測る機械をつけ
血圧低下、血栓予防のストッキングを履きました。
その後
横を向き体をギュッと曲げて
硬膜外麻酔です。
消毒液の次に麻酔
そして挿入
麻酔追加して更に奥へ
(見えないので声と感覚で想像)
途中、痛くてウッと声を出したら
痛い?と聞かれ返事をし
また麻酔追加した模様。
テープを貼って処置が終わると仰向けに。
頭にキャップを被せてもらって
酸素マスクをつけて
手を固定してもらって
麻酔、入れますよーと言われて
深呼吸してたら記憶がなくなっていました。
多分その後に
導尿と呼吸器の処置をして
手術が始まったものと思われます。
気が付いた時にはまだ手術台の上で
呼吸器抜きますよと言われて
違和感なく抜いてもらって
ストッキング以外のものを外し
ストレッチャーに移動させてもらって
酸素マスクをしたまま
部屋に帰って来た覚えがあります。
部屋の中で改めて
心電図のシール
血圧計を付け
足にはストッキングの上から
エアーマッサージャーみたいなものを
2時間ほど付けたと思います。
そしてみんなが部屋に入ってきて
声を掛けてもらったような…。
主人が
実家に電話しておくと言ってくれたことと
義母が泣いた後のような顔してたな
心配掛けちゃったなと思った記憶があります。
とにかくその後はあまり記憶がありません。
先生方や看護師さん達が
度々様子を見に来てくださったなと思います。
聞かれて返事はしてました。
内容は忘れましたけど。
ただ麻酔科の先生が来てくださって
痛み止めのお薬を入れてくださったのは
完全に覚えています。
(神様に見えましたから)
酸素マスク、いつ外せるのかな?
ちょっと苦しいな
と思っていたら、外してもらえました。
術後どれくらい経ってからだったのかは
覚えていません。
血圧はずっと高めだったので
下げるお薬を点滴から入れながら
何度も血圧を計ってくださっていました。
そして夜
主人が来てくれました。
その頃には会話が出来るように
なってはいたものの
お腹が痛くて声が出ませんでした。
来年の2月
俺の退職祝いと
お前の快気祝いを兼ねて
家族で温泉1泊行くぞ
とチラシを見せられました。
私を元気付けようとしてくれてる
相変わらず不器用な言い方だなー
と思いながらも
その気持ちが嬉しかったです。
そして
筋腫がかなり大きかった
と聞かされました。
相当我慢してたなって言われたよ、と。
息子に電話するの忘れてたと
主人が電話をしました。
(個室なのでOK)
その電話で手術だったことを思い出した息子。
無事に終わったよと主人が伝え
私に携帯を渡すものの
お腹が痛くて頭が回らず
頑張って手術したんだから
あなたも頑張りなさいと
訳のわからないことを言ってしまいました。
(言ってしまったものは仕方がない)
そして主人も帰って行き
長い夜が始まりました。
痛みとの戦いだと
皆様の予想通りですので
割愛いたします。