私と音楽を通した2人の先生のお話です。




私が初めて音楽に触れたのは幼稚園。


3年間オルガンを習いました。


小学生からはピアノに切り替え。


4年生からは部活動でバイオリン。


6年生の頃に反抗期に突入。


元々ピアノの先生と相性が悪かった私。


嫌だと言った私の意見を無視し


ピアノの発表会で


勝手にバイオリンを披露することに決められ


発表会当日私は休みました。


ドタキャンです。


今考えるととんでもないことしてます(((゜д゜;)))


それ以降


ピアノとは完全にお別れしちゃいました。


今思うと


本当に先生と相性が合わなくて


いやいやレッスンに通っていた私。


でもピアノは嫌いじゃなかったんです。


もしもなんてずるいけど


もしも違う先生だったら続いていたかな


そう思うことがあります。


だけど結果的にはピアノから離れたことで


吹奏楽にのめりこんだ私。




その吹奏楽に興味を持つきっかけとなったのが


ロサンジェルスオリンピックファンファーレ。


http://www.youtube.com/watch?v=aMqRtQhJn8c


聴いた瞬間


頭にスコーンと衝撃を受けたのです。


当時小学生だった私が


お小遣いで初めて公式記念アルバムを購入しました。


そして中学生になったら


絶対吹奏楽部!!


そう決めていました。




中1の時の担任の先生が音楽の先生で


「演奏家になりたい」


そう言った私に真剣に話をしてくださいました。


「演奏家の道は厳しい。成功する人は


 かなり少ない。だから私は勧めない。」


先生の言葉を自分なりに考え、納得し


その上で吹奏楽にまたのめりこみました。


そんな私に先生が


「今度研究授業公開で音楽の授業をするの。


 私が伴奏するから、あなた、オカリナ吹いて


 もらえるかしら?」


私は「はいっ」と即答しました。


忘れもしない「峠の我が家」


先生から


「そのオカリナはプレゼントよ。


 素晴らしい演奏、ありがとう。」


とおっしゃって頂いて・・・。


先生は去年、病に倒れお亡くなりになりました。




こうして私は2人の先生と出会い


全く違う別れ方をしました。


あの頃は本当に嫌いだったピアノの先生。


時々先生の気持ちを考えることがあります。


後で知った先生の事情。


病気で子宮摘出していらしたこと。


それから子供に対して厳しくなったこと。


ちょうど反抗期だった私・・・。


人と人は本当に難しいです・・・。



秋になると途端におセンチになるワタクシ。

長い文を読んでくださり

ありがとうございます(*^_^*)