先日、コロナで延期になっていた
子どもたちの運動会が開催されました。
くもり空だったのは開会式のときまで。
ちらほらと冷たい雨は降りはじめ
どしゃぶり。
出番以外子どもたちは
3時間程テントも傘もない中
運動会が終わるまで
降り続く冷たい雨にうたれていました。
帰ってきた子どもたちはずぶ濡れで
こーちゃんは
私の顔をみるなり泣き出し
二人とも凍えて言葉もでなくて
すぐにお風呂に入れたら
湯船であったまったあと
やっと口が開きだしました。
「一回死んだー!」とか
「私全てがどーでもよくなった!」とか
『本っっ当、最低だったー!!!』
お風呂からそんな声が聞こえてきて
ほっとして涙がでた。
成長も感じて嬉しかった。
この数時間で
ありとあらゆる感情を
ジェットコースターみたいに味わって
お腹いっっぱいになりました。
泣きながら帰ってきたくせに
文句たっっぷり
楽しそうに
どれだけ寒かったかわかる?!
次は絶対暑い運動会がいい!
皆一回死んだんだぞ!とか
あとはずーっと応援団の真似ごとしてて
二人が経験からインストールしたのは
「意外と雨に濡れてもいけるぞ!!」
ってことみたい。
全てが喜び。
すごくそう感じた時間だった。
辛かった。
凍えるほど寒かった。
嫌だった。
逃げ出したかった。
そう感じたことは事実だった。
うんうん。
寒かったね。
辛かったね。
そうか、死んだって思ったのね。
嫌だったよね。
逃げだしたかったのかー。
でもね。
そんな経験こそが記憶にずーっと残るよね。
おかしいと思うでしょう??
胸が温かくなるような
日常のささやかなエピソードや
すごく美味しかった今日のごはんの事なんて
明日になるともう
覚えてもいないのに。
覚えてもいたくないような
辛い記憶
悲しい記憶
イヤな記憶は今も鮮明に思い出せる。
それはきっと『覚えていたい』からで。
きっと許したくなくて。
だから忘れたくなくて。
でもそうやって
ずーーーーっといつでも思い出せる位
私たちの肉体は
魂は
辛いことも
苦しいことも
嬉しいことや
ワクワクする楽しい事と
全部全部対等に感じている。
そこに善悪をつけているのは
私達の心なんだ。
だからきっと
苦しいことを怖がりすぎると
嬉しいことも何故だか怖くて。
辛いことを避けていると
ワクワクすることも避けてしまうの。