
いよいよ日露戦争が始まり、陸海軍が大陸に進行する。(三)では秋山兄弟の活躍はそれほど見られない。日本の兵数、物量、兵站・補給がうまくいかないことが連綿と書き綴られている。
海軍は初戦になんとか勝ちをおさめる。相手方が旅順港にひきこもり、出てこないのをなんとかおびき出すことに成功し、ウラジオストックへ逃げ込もうとするのを撃破しようと努力する。
しかし、陸軍の別働隊は海軍の要請に応じて、旅順港の丘の上にロシア軍が築き上げたコンクリートの塊の頑丈な要塞群を打ち砕くことができず、陸軍の本隊も圧倒的な物量を誇るロシア軍の正規軍を前に前進することができない。
作者は(三)を通じて、大将、中将、少将クラスの指導者たちの能力を問題にしている。海軍は無能な将校をクビにしたが、陸軍は山県有朋以下、長州閥がいまだ、勢力を有しており、軍全体の指導者の多くが無能であったと書いている。その典型として、乃木希典とその参謀であった伊地知幸介の名前を挙げている。
海軍の要請で旅順の要塞、いわゆる203高地を早期に攻め落としていれば、引き続きロシア本国から押し寄せるバルチック艦隊が来る前に、東郷率いる連合艦隊が佐世保に戻り、船の修復を整えることが可能となると言うのである。
陸軍の大砲が弱小であり、しかもその弾が不足しており、旅順を攻めきれなかったようだ。半島から満州を攻撃するはずの本隊も物量に乏しく、シベリア鉄道で補給が可能なロシアの大軍の前に、よく守るのが精一杯であったというところで(三)が終わった。
(四)はいよいよ歴史に名高い、凄惨を極めた旅順要塞、203高地の総攻撃が始まるのだろう。