
男は遅い結婚だったが妻と一緒になるとき、浅井のお殿様も織田の妹のお市をもらい、お市が大女であったため、自分も大女をもらおうと思い、近くに住んでどこへももらい手のなかった背の高い女を嫁にもらったのだった。
その女が笑うと観音様に似ていたのが忘れられなかったが、姉川の戦いが終わって、小谷城の近くでお市の方様を見た時から、その美しさが忘れられなくなった。
小谷城が落ち、瀕死の重傷を負った時、ある小兵に助けられ、その者の家に担ぎ込まれて介抱された。傷が癒え、助けてもらった礼のためにその者のために下働きをしていると、戦で亡くなった侍たちの胴丸(鎧の胴のことだろう)を売る薄汚い商売をする者だと気づく。その者と一緒に京へ行き、胴丸を売る商売を覚えて帰ってくると、自分もその者の留守に自分の古い胴丸を持って京へ出て金に買えてしまう。
大津に身をしばらく落ち着けたが、長島で戦があると聞き、いい胴丸を見つけに行く。そこで自分にこの商売を教えてくれた者に出会ってしまう。まだ、侍の格好をしていた男は腰につけていた刀で、荷物を背負ったその者を斬ってしまうと、その荷物は値の張るような胴丸だった。
京へ行き、その胴丸を売ると今度は越前の一向宗攻めがあったと聞き、越前まで行き、さらに値の張る胴丸を見つける。そこでも人を斬ってしまう。大津でしばらく身を落ち着けた男だったが、やがて故郷の三田へ帰ってみると自分の家によそ者が住み着いていた。
よそ者の家の隣に自分の家を建てて、しばらく暮らす内に、京の胴丸の売り先で聞いた仏像を手に入れてきてくれないかという言葉が忘れられずに、湖東の寺を訪ねてみると、その草庵にあった仰臥観音に自分の妻の姿やお市様の姿を重ね、魅入られてしまい、思わず覆いかぶさってしまう。その姿を見た寺守をしていた侍に男は斬られ、絶命する。
終わり方がなんともあっけなかったが、一気に読むことができた本だった。戦国時代の庶民の暮らしが読み取れる内容となっている。歴史小説は有名な武士や貴族のような人々を対象としていることが多く、その時代時代の庶民のことを書いてあるものを読みたいと思っていた。
主人公は侍となったが、この時代の足軽はほとんどが半農半兵で、戦のない時は、田圃で稲作をしている者が多く、自分の生まれた子どもたちにも百姓になるように言い聞かせていた。姉川の戦いが終わり、自分の家族が殺された時、いったんは信長を敵と思ったけれど、自分が戦う相手は同じ雑兵であり、同じ百姓で相手を殺せばまた相手の家族が泣くことになると悟ったのだ。そうであったのに、男はお市の方の美しさに目を奪われ、浅井のために働こうと考えてしまった。
何のために命を使うか、市井の者はいかに生きるべきか、そんなことを問う小説ではなかったかもしれないが、私はついつい考えてしまった。