人生とか年齢とか仕事とか食事とか家族とかで推し量れるものじゃないんだなと


感じる日々



良い悪いは外野が勝手に言ってることで
本人にとってはジャストそれで


若い人は若い人でもっと下をみて
もうここまできたとか、若さをくすぶらせていたり。なんというか持て余している


別にそれがどうとかじゃなく、
持って生まれたものが何かよりも
本人がそれをどう思っているのか、
気にしているのか、
それに限る



気にしてなかったらないと一緒というと
語弊があるかもしれないけど、
本人が、気にしてなかったらなんともないよ


だから
あなたがどう感じているか



それが全部



全部の全部だよ




人を良くするようなことをしてる人
ちゅういだよ 笑







思い出したからついでに書こう




中学生の頃、数学の宿題を父親に教えてもらっていたとき、


何でこうなるの?(多分、何でこういう式になるの?の意)と聞いたら、


何でとかじゃない。
こういうものなんだ。


って言われて、ハッとして
ああ、何でとは考えないのか。
これはこういうものなのかって理解した
途端に数学が出来るようになったことがあった。



今でも忘れられない感覚。


この時わたしは数学は解けるようになったと同時に何か大きなものを失った。
失った、のかな、欠けた、という方が近いかも。


数学は左脳だし、何でって言ってたら
進まない世界なんだろうけど
何で星人には驚きだった。




でも何でがないとつまんないよねー













ふぅ。ひと息(´౿`)



ここ数日、孤独感が強くかったあ。


今もだけど。


決して一人では生きていないけど
踏ん張る時、悔しい時、悲しい時、
それに向かってるのは自分ひとりで。


大切なときって結局ひとり。


どんなに強くぶつかってもふたりが 
ひとりになれないように、
この世は身体で区切られている。


そういうと、あなたはひとりじゃない、お天道様が見守っているとか、ここまで
生きてこれたのは沢山の人が関わってきたおかげだとか言ってくれる人がいるけど、
今はそういうことを言ってなくて。



ひとりに戻るときが毎日必ずあるなって。


しみじみひとりだと感じる瞬間というかね。




だからやっぱり自分と仲良しが1番なんだろうね。



ひとりきりの自分と手をとって歩いていくしかないね。