1976年生まれ。
1999年大学卒業後、渡米。
2001年に後に夫と出会う。
2003年結婚
2006年長女誕生、2009年次女誕生、2015年三女誕生。
2度の流産、2009年次女を生んだタイミングで卵巣脳腫で左卵巣を摘出。
アメリカ東海岸南部の中都市に家族5人と犬1匹と暮らしてます。
日本には元気で優しい両親と妹に甘い二人の姉と4人の甥っ子。甘やかされてるせいで末っ子体質が抜けきらない43歳。
******
癌に至るまでの経過は、以下の通りです。
今から約2年前、末っ子の授乳を終えてしばらく経つのに乳腺炎になる。
真ん中と下の子を生んだ産婦人科(OBGYN)で診察してもらい、乳腺炎という診断は降りたけれども念のためにとウルトラサウンドで検査をした。それでも特に問題は見当たらず、乳腺炎も出してもらった抗生物質で治る。
その半年後、乳腺炎のフォローアップ検査でもう一度ウルトラサウンドを受けて、こちらも問題ないと言われる。
マンモグラムは年に一度受けていて、デンスブレストであることは伝えられていたが、今まで問題はない。
最後のマンモグラムは定期検診の20019年の5月。こちらも問題ないと言われる。
9月中旬ほどから、右胸に違和感を感じる。
痒いような、痛いような、ピリピリした感じ。
そのうちにはっきりと痛みを感じるようになる。さらに、内側に大きなゴルフボール大のしこりを見つける。
夫にもそれを伝える。乳がんだなんて一切想像しておらず、考えすらしなかった。
ちょうどその頃、血圧が高く、ホームドクターでたびたび検診を受けていて、しこりに気がついた数日後にも検診予定だったので、様子を見ながら検診時、主治医に痛みを伝える。
主治医によると、しこりはその時点で3箇所、乳首の真下あたりに大きいしこり、その脇に小さな物、脇の下にもしこり。
先生は、カフェインを控えるなどして様子を見るようにというが、同じプラクティス内の別の医師にも相談したらしく、のちにマンモを勧められる。
しかし、翌日に入っていたはずのこのマンモの予定が設備不良で突然変更、キャンセル、その後予約がなかなか取れず、難航。
主治医のオフィスに連絡をして、マンモの予約が取れない旨と、主治医からもう一度リファーラルを送ってもらうことで予約の段取りが進みようやくマンモを受けることができたのが、11月の上旬だった。
その場で結果がアブノーマルと出て、バイオプシーを勧められた。放射線医がかなりプレッシャーをかけてくれたようで、異例のスピードで翌週すぐにバイオプシーが可能になり、3箇所から生検サンプルをとる。
3箇所のうち、1箇所から癌細胞が認められ、その場での診断は浸潤性小葉癌。乳がんによくあるタイプの癌。
Grade 2
ER Positive (70%)
PgR Positive (21%)
HER2 Negative (1+)
初診では上記のような結論が出たが、ここに来て、炎症炎乳がんである可能性が出てきて、現在皮膚生検の結果待ち。
それ以外では、MRIと遺伝子検査の結果も。
上記二つの結果を待って、全ての検査を終えることになる。
12月3日に鎖骨へのポートの埋め込み。
12月9日に最初のキモセラピーが始まる。
キモセラピーは2段回に分かれている。
Neulasta(2週に1度、全4回)
Paclitaxel(毎週、10〜12回)
この間に腫瘍が手術できるサイズになれば手術。
右胸は全摘となる。
今わかっているのはこのくらい。
**********
日々、やさしい人に支えられて生きてます。
