稽古は続いている。
シーンの稽古を重ねて精度を上げている段階。
自分が演出をしている時は気にしていないのだけど、演出が何を語っているのかはなかなかすぐにわかるというものではない。たぶん、わからないかもなぁと思いつつ、手を変え品を変え同じようなことを語るのだけど、やっぱり伝わっているのかなぁなんてこともあるし、あんだけ言ったのに伝わんねーのかよということだってある。
だもんだから、わからないなりに演出が話していることは聞く。そして、ぼんやりとでも近似値が狙えるように修正・変更をする。が、「これや!」ってーのは、なかなか出てこないんですな。が、方針はわかってきたような気がしていて、おそらくあんまり間違いではない。

1/16からターミナルプラザことにPATOSにて
ご予約はお早めに!




北海道に超爆弾低気圧来襲とかで、昨夜は稽古がお休み。もともと仕事の関係で僕は休みだったんだが(そして体調悪くて早退したけど)、天気の都合で稽古休みというのも、あんまりない。めったにないというほどではないが、あんまりない。そして、札幌は思いのほか、ひどい状態ではなくて、なんとかなりそう……なのかどうかはわからぬが、予想していたよりも大変な事態にならぬのだろう。

そんで、不調は継続していて、どうにもスッキリしない。頭はそこそこ動くので、こうしてブログを書いたりはできるが、頭痛やら吐き気やらクラクラしたりやら、安定しないのはどうにも気持ちの落ち着かないものだ。でも、それほどひどいことにはならないということも経験上わかっているので、少しばかり時間をもらって休ませてもらっている。
無理をしてもよろしくないが、この「無理」のラインがたいへんに難しい。ほとんど経験的な感覚で判断するしかないし、他人がどんな状態なのかを客観的に判断することというものが、そもそも可能なのかという哲学的な問題意識もある。
他人の痛みを同じように味わうことはできない。痛みだけではないけどね。あなたの痛みを私が知ることはできないが、なにがしか触れようとすることはできるかもしれない。
演劇はある種の現象を描くが、その現象をいかに描くのかが問題なのだ。

稽古は続いている。が、昨日は稽古は休み。で、どうにも疲労が抜けきらないので、まずは休養休養。結局早寝早起きが大切ねと心がける日々であります。
先日は一通りシーンの稽古をしたので無理矢理通してみた。なるほど。そして、いろんなもんがつながっていないので、つながらぬものを丁寧に受けて投げての作業がもっと必要だなということがわかっただけでもよかった。
常に一緒に活動しているようなメンバーではないので、舞台上でのコミュニケーションをどうとっていくのかが、僕なりの課題。段取りなんかはすぐできるけど、コミュニケーションは慣れもあるから、ある程度の時間はかかる。そのためにも台詞は正確に覚えねばという至極当然の前提的結論。普段使ってる言葉っぽい台詞ってーのが、曲者で、語順や助詞、あぁだのえぇだのとかいう相槌などにトラップがあったりするもんで、ま、よくわかってないんですけど、現代口語演劇なるもんを。なので、最終的に普段使ってる言葉として覚えないようにしようとは心がけてはいるのだが、人は易きに流れるわいなぁ。
もともと月に1回くらいのペースで地味にしていたのたが、12月になり別々の活動をしていた役者チームが合流、本格的な稽古が始まっている。
といっても、昨日と今日は自主稽古。
明日明後日は稽古がお休みで、10日には取材なんかがあるらしい、ブルブル。
時間もないんだが、台詞がぜんぜん入らない。入ったと思ったそばからサラサラと流れるように台詞が流れていく。それでもここ数日は台詞が堆積し始めたようなので、なんとかなるだろうとかなんとか。

チケットのご予約承ってます。
1/16-18@ターミナルプラザことにPATOS

TGRの審査会があった。
大賞候補5作品には残ったものの、大賞は取れず。残ったことには驚きもあり、嬉しくもあり、それくらいの作品だよという自負もあり、でも他の札幌の作品大丈夫か?という余計なことも考えてみたり、まぁいろいろとあるんだが、折角なら大賞になればよかったのになーなんて、思ってみたり。

でも、審査会、昨年も思ったけど、あのスタイルで面白いのかなぁ。公開審査会なのであればいわゆる事前審査をガッツリ公開にして、今の審査会は最終候補の発表と、各賞の発表でいいように思う。事前審査で語られた事の焼き直しなのだったら、別にやらんでもいいんでないか。そして興味のある人にはむしろ事前審査から付き合ってもらえば満足度も上がるのではないか。
やっぱ舞台でやるもんだからさ、エンターテイメントとしての面白さは必要だよ。