坊さんが念仏唱えて説教みたいな話を終えて、
特に何も感じず、ふーん...ぐらいでした。
故人に対して位牌に向かって手を合わせてという行為は全く信じてないので、言われりゃーするけど、そこに安らかに眠って下さい!とか護って下さい!とか訳の分からん事は一切思わないよーにしてます(;^_^A
亡くなった人を思ったりするのは、既に自分の中の一部になってる事だし、もし自分が亡くなって守りたい人がいて、守れるんであれば頼まれなくてもそーするし。
そもそもお寺とか、神社を経営している側の得も糞もない人間が多いし、その経営スタイル自体が現代医療と同じよーに感じたり(;^_^A
自分があまり良くも思ってないので、そういう一般的な行為等は完全に上っ面です(¯―¯٥)
とはいえ、神社に行くのは好きだったり、仏像なんかには不思議な芸術性を感じたりするので、現代的な宗教思想は「はぁ?(ꐦ°᷄д°᷅)」と言う感じですが、
何か不思議な魅力を感じるのは揺るぎない自分の中での事実っす(._.)
帰り極にうちの母親が「じーちゃんに挨拶してから帰んなさいよ!」と言われたので、
言われるがままに仏壇の前に行くと、2つの凛。
材質が違って音の高さが違い、いい音でだったので、チンチンチンチン鳴らしてました(¯―¯٥)
音の響き方が共鳴し、アコースティックギターで音を合わせる時に使う音叉を思い出しました。
音の高さが違うと音が揺れ、同じ高さになると揺れがなくなり、1つになります。
凛の響きとその2つの音の揺れに何か不思議なものを感じました。
不思議と家にある南部鉄器の風鈴もそんな響きを感じたりします。
そーいえばと思い出したのがこの前神戸に行った時にじゅんこさんが瞑想してた時に鳴らしてくれてたシンキングボール。
嫁も欲しがってたのでやっすいやつをネットで買ってみました。
こーゆーのあると何か変わるかなぁ~と思って。
木の棒をクルクル回してもあの時のようにいい音が全然しなかったっす(T_T)
大きさが半分程度しかなく、響く音が木の棒を擦る音のがデカイっす(¯―¯٥)
安物やけん仕方ね~か!?と思いながらもクルクル回してると、少しづつ音の響き方が変わって来ました。
まぁ、それがどー良いのかとか全く分からんのですけど...(;´Д`)

