18年前の言葉 | 輝之の投資道 ~中級者編~

輝之の投資道 ~中級者編~

「お金」と「心」そして「自然」との関係を徹底的に追求することによって「やりたいことをやり続ける人生」を送ることができる、そんな真の投資家になる方法を研究しています。

今夜は朝に引き続きちょっとかためのお話。

いつもかたい話ばかりやないか!
というツッコミはさておき。


私は、気になった言葉や感動した言葉を
高校時代からずっとノートに書いてきました。


その中で、1994年6月17日に書いた言葉に
今日、再会しました。

朝の記事の亀井勝一郎の言葉を確認するために調べていたら
偶然この言葉を見つけました。


「知ってるつもり」というテレビ番組で正岡子規のことを
取り上げていた時に書きとめたものです。

この番組はいつも録画して気に入った言葉があると
ビデオを止めながらよく書きとめていました。


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余は今迄禅宗の所謂悟りといふ事を誤解して居た。
悟りといふ事は如何なる場合にも平気で死ぬる事かと
思って居たのは間違ひで
悟りといふ事は如何なる場合にも平気で生きて居る事であった。

正岡子規 『病床六尺』

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かなり衝撃を覚えた記憶があります。

当時、10年ぶりくらいにあった高校時代の友人に
この言葉を話したくらい心に残っていました。


「平気で死ぬるのではなくて、平気で生きている」


ずぶとさとはちょっと違う感覚。


以前お伝えした「起きることしか起きない」
という世界観と同じだと今はわかります。


チャートがどんな動きをしても
平気でいられるようなトレードを目指しています。

あらゆる準備をしていれば可能だとわかっていますが
その境地はまだまだ遠いです。



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