お百姓さんという言葉が大好きです。
農家に生まれた私は
小さい時から畑が遊び場でした。
暑い夏に熟しすぎたトマトをそのまま
もいで食べるのが大好きでした。
トマト自体も生ぬるいくらいだったけれど
それが夏らしくてよかったなあ。
草のにおいや雷雲を思い出してしまいます。
百姓という言葉の意味は
調べれば調べるほどいろいろな説が出てきます。
百の食べ物をつくる。
百(多くの)の自然現象についての
知識や知恵を持つ。
個人的には
この二つのとらえ方が好きです。
かつては、本気で農業をしようと思った時期がありました。
しかし、今の私は、農を業にはしていません。
今のシステムの中では、農を生業とする人はもちろん必要です。
ただ、心の底には自分の食べ物を自分で作る。
そんな気持ちのベースを持っていたいと思っています。
それが実現しなくてもいいのです。
その気持があるだけで選択を迫られた時の
判断にブレがなくなります。
大地があれば生きていける。
この実感があるだけで大きな安心感があります。
先日、このようなコメントをいただきました。
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世の中の不確実性に対してのリスクヘッジ手段として
(収入の助長化という意味で)投資を身につけて欲しいと
思って投資を教えています。
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投資の本質はまさにそこにあると思っています。
「不確実性に対してのリスクヘッジ」
それが投資であるならば
自分で自分が食べるものを作ることができる、
そのスキルは投資と言えないでしょうか?
実際にやっていなくてもいいし、
ベランダのプランターでトマトを作るだけでもいい。
種を蒔けば芽が出て実がなる。
そんな当たり前のことを体験していることが
大きな心の安定をもたらしてくれます。
それもひとつの投資です。
直接、収入の助長には寄与しないかもしれないけど
支出を抑える事は可能です。
私は一生、百姓でいたいと思っています。